夕張物語 その7    双子のリリーズ

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清水沢は知る人ぞ知る1970年代後半の双子アイドルデュオ「ザ・リリーズ」の出身地である。

双子アイドルと言えば高度成長期に「ザ・ピーナッツ」が一世を風靡し、「モスラの歌」とかは子供心にも耳から離れないところがあったもの。

しかしその引退が取り沙汰されるや後継をどうするかは業界の一大関心事となり、スカウト合戦のボルテージも上がりまくったらしく。

何しろ「一卵性双生児でアイドル年齢かつルックス良しの姉妹」という極めて高いハードルがあっただけに、

この片田舎の炭鉱町に育った朴訥な中学生姉妹が入り込む余地もあったと言う事だろう。


「リリーズ」の名前は北海道の花の代表格、鈴蘭に由来する。全国区人気を大いに期待されていた割にはご当地アイドル風なのも面白い。

彼女たちの実家は「燕電器商会」という清水沢駅の真ん前にあった電器屋さんで、駅に展示された古い写真にも写っている。

画面左端、「東芝」「ツバメ商会」の看板が掛かる家がそれだ。


1975年、デビュー2曲目の「好きよキャプテン」がヒット、一躍シンデレラガールとなる。

当時の映像を見れば振りが合ってないぞとか、左の姉の視線が時々泳ぐのは脇でADが広げる歌詞のカンペ見てるだろとか、

突っ込みどころは満載なのだが、何せ当時14歳、素朴な清純派路線としてこれはこれで良かったのだろう。














蒸気天国だったかつての清水沢だ。彼女たちはひっきりなしの汽笛やドラフト、運炭列車の轟音を子守唄に育ったに違いない。

しかし大夕張鉄道(後の三菱石炭鉱業鉄道線)は1973年には閉山に伴い路線を大きく縮小、お隣の夕張鉄道も同年に全廃となる。

もはや覆い隠せぬ石炭産業の黄昏は凄まじい人口流出を生み、清水沢市街の意気消沈も推して知るべしだが、

全国放送のテレビから流れる「好きよ、好きよ、」の彼女たちの歌声が地元に勇気を与えたであろう事は想像に難くない。

そういう時代である。


しかしまだ幼い彼女たちの一生懸命さとはうらはらに、時代が求めるアイドル像は大きく変わりつつあったのかも知れぬ。

なかなかその後のヒットに恵まれぬまま「ピンクレディ」という怪物デュオが現れるに及んで、この世界の壁は厚かったように思える。



清水沢も寂しくなった。シャッター通りは早朝の撮影である事を割り引いても。

「燕電器商会」はその後廃業したと聞くが新旧の写真を比較して場所を割り出せば、

下の写真の奥、ひとつだけ妻面が道路に向いた青屋根の「大黒屋旅館」は上の写真と変わらないようだから、その2軒手前あたりか。


「ザ・リリーズ」の二人は今もライブを中心に活動中で、相応のお歳もあって「キャプテン」もこれはド貫録の歌いっぷりだ。

聞きたい人見たい人はそれらしいのを探してみるべし。

夕張市の財政破綻を受けて故郷の支援ボランティアとしても活躍していると聞く。






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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2017/06/25 21:01 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)

風太郎 様

「好きよキャプテン」・・・拝見しました
二人は夕張の方だったのですね
今でも故郷の支援ボランティアとしても活躍しているとのことです・・・昔のファンにとっては嬉しいお話しかと思います
現代のAKB始めとするアイドルグループからするとほのぼの感がありますね
この時代歌う時手振りだけでダンスパフォーマンスはなかったのですね
いろいろと教えて下さり有難う
[ 2017/06/26 06:54 ] [ 編集 ]

清水沢の思い出は、リリーズ。 

風太郎さま

夕張物語のレポを楽しみに拝見しております。思わず“リリーズ”に反応してしまいました。
2015年12月24日の事でした。井門さんの企画で、蒸気機関車本線運転終了40年記念☾―1975.12.24 D51241牽引 第6788列車 ―「夕張線 蒸気機関車の夕べ」が夕張で開催されました。
北海道内や内地から蒸機ファンが集まり宴が開催されたのです。その時のゲストがリリーズでした。

その後に、リリーズと、夕張のスナック“みやさか”で一緒に呑む機会があり、夢の黄昏流星群状態でした。
僕のガキ鉄時代に体験した、賑やかで売店があった清水沢駅の事や、跨線橋で寝袋で泊まり、駅で生活していた話に興味津々でした。

風太郎さんが良く知る、A氏などは、この時以来リリーズの大ファンになり、今でも「焼け木杭に火が付いた」と言いながら現代・リリーズの追っかけを続けています。

僕も、夕張線廃止前にもう一度彼の地を訪れてみようと思います。
[ 2017/06/26 14:56 ] [ 編集 ]

素人臭さ


りらさま

キレッキレッのダンスのようなのはいかにもプロっぽく、
素人臭さがある種の商品価値でしたからこれで良かったのでしょう。
AKBとかは激烈な競争を勝ち抜いたプロ中のプロなのに、
誰でもアイドルになれると勘違いさせるところが今風。

この当時産炭地のとあるパチンコ屋では、終日この「キャプテン」ばかりをBGMに流し続けていたそうです。
先が見えない日々の中で、彼女たちに希望を重ねた人々は本当に多かったようですね。

[ 2017/06/26 21:24 ] [ 編集 ]

女の一生


高野陽一さま

1975年といえばあの「年下の男の子」も炸裂した年、向こうを張ったリリーズも健闘したという事でしょう。
でも実は「キャプテン」、殆ど記憶に無いんです。土曜夜の「全員集合」とかで歌っていたと思うんですけどねえ。
当時中坊の風太郎は女のコへの興味は人並みにあったものの、キャンディーズに熱を上げていたのは、
年もほぼ同じで中性的なリリーズより、お姉さんのそれにオンナを感じゴロニャンしたかったものと。

今回リリーズの今昔の動画を見ましたが、何か「女の一生」を感じますねえ。
「東京」が遥かに遠かった時代、幼くして故郷を離れ、いろいろあった後に再び故郷に想いを寄せる彼女達には心動くものがあります。
リリーズと飲み会とは羨ましい。確かブログの記事で読んだような。機会があったら風太郎も混ぜて下さい。
[ 2017/06/26 21:41 ] [ 編集 ]

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