夕張物語 その10    南大夕張

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   三菱石炭鉱業鉄道線 南大夕張駅跡    2017年6月







南大夕張駅があった場所はすっかり荒れ地となって昔を偲ぶ余地もないのだが、

唯一の遺構として上屋を備えたホームと当時の客車が展示されている。

上屋の脇に階段があって登ったところに駅舎があったように思う。

ホームの周囲は広大なヤードで石炭を満載したセキが轟音をあげて行き来していた。







南大夕張構内1 198402 55mm_16243原版take1b

南大夕張駅舎 55mm_16241原版take1b

三菱石炭鉱業 南大夕張 女子高生1 55mmF35_15779原版take1b

   三菱石炭鉱業鉄道線  南大夕張    1984年








保存客車の白眉はやはり3軸ボギーのスハニ6だろう。

車内にも入れるので染み込んだ石炭ストーブの香りを嗅ぐ事も出来る。

1987年の鉄道廃止から30年に及ぶ停まった時間。









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カーブの度に古びた客車は軋みをあげ、3軸ボギー台車が発する「タタタン、タタタン、」の独特なジョイント音に負けぬよう、

満載の高校生達のおしゃべりはひときわトーンが上がる。

厚着で乗れば汗が噴き出すような石炭ストーブの熱量に窓ガラスは曇って、モノトーンの炭鉱住宅街を朧に映していた。









三菱石炭鉱業スハニ6車内3 55mm_16222原版take1b

三菱石炭鉱業スハニ6車内1 1984 55mm_16213原版take1b

   三菱石炭鉱業鉄道線 スハニ6車内    1984年








終着の南大夕張到着は当時の時刻表によれば16時26分。冬の日はもう終わろうとしていたに違いない。

妙に硬いネガは光量不足を読んでかトライXを2段増感していたのではないかと思う。風太郎にしては手回しの良い事だ。



改めてよく見ればスハニ6の展示場所はまさに「その時」の停止位置と分かった。

レンズはスナップ用に多用していた35-105mmズームの広角側一杯、ピントはサボに置きピンだったか。

同じ35mmの画角にセット。








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33年の時は流れ、鉄路は消え、高校生達のざわめきも遠い過去のものとなった。

しかし時を超えて記憶の痕跡が残り、再びそこに立てたなら、それもまた「幸せの在りか」に違いない。








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( 夕張物語 おわり )




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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2017/07/01 18:43 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(12)

風太郎 様

静態保存されていたのですね
1984年当時の女子生徒の笑顔が魅力的です
向かい合わせに座り雑誌のぺージを指差す女子生徒・・・最高ですね
今は一人スマホです・・・
33年の時・・・長い年月大事にネガを保管されていたこと・・・それ以前この地で撮影に没頭されていたこと・・・同じ地でご自分の写真に出逢うことが出来たこと・・・
素晴らしい33年間の道のりですね
[ 2017/07/01 20:02 ] [ 編集 ]

幸せをつくるもの

記憶とは曖昧なもので「ハンカチ」の写真を此処で撮っていたとは他人から教えられた事ですが、
そうと分かれば現地を確かめなければと。
此処は一度来た事があるのですがそういう目では見ていなかったもので。
季節も違えば周囲の風景も変わり果てているので一瞬戸惑ったのですが、
背後の照明柱を見ればもう間違いありません。

学生生活最後の冬でした。
その後生活が一変する中で、振り返れば短かったような気もする33年間を想えば。
今此処で豊かな時間を得る事が出来るのも、その瞬間の情報が詰まった写真が持つ力、
そして記憶の痕跡を残す努力を続けてくれた地元ボランティアの志のお蔭です。
幸せは自分で作るものであり、周囲から与えられるものでもあると改めて。

[ 2017/07/01 21:51 ] [ 編集 ]

ドンピシャ

風太郎さま

こうして並べると、
ホント、ドンピシャ!
風太郎さんが撮ってるのに気付きハッとなったような仕草の
聖子ちゃんカットの娘がカワイイなぁ。
[ 2017/07/01 21:53 ] [ 編集 ]

読後感

風太郎 様
夕張”も”の”が”た”り”堪能させていただきました、心地良い余韻が残っています。

行った事も見た事もない蒲原鉄道の作品から特に強く感じられた、
郷愁という言葉では表し切れない何か、
幼い時の記憶の琴線に触れ心洗われる様な何か、
たとえば草いきれの中で嗅いだどくだみの香り、
その正体を少しは理解できた様な気がします。

できるものなら「私の夕張」を見たいと探しましたが、入手は難しそうです。
ではまた。
[ 2017/07/01 22:00 ] [ 編集 ]

走馬灯の如し


狂電関人さま

ホームの照明柱がなかなかに饒舌な証人でありました。
ヤードだったはずの背後に生える木は33年の歳月そのものですが。
この天気ですし相当暗かったはずですが、増感のチョイスは当たりでした。
この後本当に暗くなるまで構内で撮った後、18時過ぎの最終で帰ったはずです。
時間の無い中で夢中で撮っていて気付かなかったものの、我に帰れば物凄い寒さでした。
故障知らずだったOM1に最後はシャッタームラが生じていたのは後で分った事で。
あまりに寒くてめげたのか、スハニ6の白熱照明が雪に落ちるとこなんぞを撮り忘れたのは残念。
それもこれも走馬灯の如し。

此処の女のコは他の地方に比べるとどこか都会的に垢抜けていた気がします。
三菱マークの炭鉱会社の子弟ですから転入もあって都会の風も入ったかと、これは勝手な想像です。
[ 2017/07/01 23:58 ] [ 編集 ]

いつか何処かで


lofthonsenさま

ひとつひとつお付き合い頂きまして有難うございます。

絶対に来た事が無いはずなのに、いつか何処かで見たような、帰って来たような不思議な感覚は旅先で良くありました。
何処から来るものかは分からずとも、当時の写真はその取り留めのない感覚を銀粒子に焼き付ける作業の繰り返しだったような気もします。
思えば模型のレイアウト作りもそんな遠い記憶の中のイメージを手繰り寄せて形にするような作業ではありませんか。
風太郎も昨今は開店休業中なのですがその方面は大いに関心がありますので。
そうそう放り出したままの「スハニ6」のキワモノアクリルキットも完成させて、この日の南大夕張を再現しなければ。

「私の夕張」、多分自費出版であまり書店流通は多くなかったのかと。
でも昨今のネット古書店はある程度時間を掛ければ大概のものは見つかりますので、根気よく探してみて下さい。
[ 2017/07/02 00:22 ] [ 編集 ]

時空を超えて

風太郎さま
「風太郎の夕張」、しかと、拝見させて頂きました。
炭鉱に携わった多くの人々も街を後にし、かつての賑わいは失われてしまいましたが、
そこの暮らす人々の力強さや故郷を思う気持ちを感じることができました。
また、若き風太郎さまの当時のお気持ちも伝わってきました。
最後のスハニ。時が止まったように、その場所に停車しているが如きも、すごいですね。
きっと、再び、この地に訪れるのを待っていたのだと思います。
ありがとうございました。
[ 2017/07/02 14:11 ] [ 編集 ]

旅の途中に


hmdさま

スハニ、路盤の緩みや積雪で一度は転覆したはずです。それを修復した地元の努力があっての再会です。

変わり果ててしまったものを見たくないという気持ちと、
いやどう変われどその土地の山河と忘れ難い思い出をもう一度確かめたいという気持ちが
相交わってのセンチメンタルジャーニーですね。
それは行き掛りの流れ者ですらそうなのですから、ましてやそこが故郷である幾万の人にとっては。
旅の途中に振り返り心寄せる場所があるという幸せが、未来を拓く力にならん事をと祈らずにはいられません。
[ 2017/07/02 17:38 ] [ 編集 ]

蒸機のいない夕張

風太郎 様はじめまして。
宗谷ラッセルの記事を拝見して、今年同じ時期に渡道していたことに気づきました。
ラッセルもつまみ食いしたので、ひょっとしたら何処かでお会いしていたかもしれません。
そして、今回の夕張の一連の記事とお写真、その2月に自分も夕張を再訪したこともあり、
大変興味深く拝見しました。
蒸機がいなくなってからは、魂の脱け殻のようになって、夕張はもちろんのこと
鉄道そのものにも真剣に向き合わなくなってしまった自分自身の怠惰な姿勢に
大いに後悔の念を抱かせるに十分な、蒸機のいないモノクロームの'80年代と
現代を往き来する傑作の数々、これからも楽しみにしています。
ありがとうございました。
[ 2017/07/02 19:12 ] [ 編集 ]

蒸気喪失の時代


ぜっきあいずさま

初めまして。コメント有難うございます。ほんのさわりだけですが、貴ブログも拝見しました。
現役蒸気時代の正に銀粒子に浮かぶ光と翳、煙とスチームの息遣いにしばし見とれました。
特に音威子府の「凍夜」が印象的でした。「蒸気機関車」誌の記事に刺激されてとの事、
私も同じ記事を読んで(もちろん古本ですが)夜の音威子府に行ったクチです。残念ながらDD51の時代ですが。

あと数年早く生まれていればの悔しさはあったものの、今思えば未熟な腕と心で現役蒸気を前にしていたら、
ただ「撮らされた」写真の量産になっていたかとも思うのです。
決定的に絵になる被写体が無かったからこそ何を撮るべきかの逡巡があって、その迷いの果てにちょっと周りと違うと
ご評価いただけるなら何が幸いするか分かりません。

1990年代に至って、旧国鉄・私鉄ともローカル線がほぼ壊滅すると同時に、
SL喪失と同じような虚脱期間が20年続いたのは同じですよ。
デジタルカメラという現代の魔法のような機材を手にして、これならあの頃諦めていた写真が撮れると再び心に火が灯ってから大分月日も経ちました。
刻々と変わっていく被写体を前にまた逡巡はありそうですが、「今」を精一杯記録する事がやがて意味を持つというのが、この趣味から得た学びでもありますので。

こちらこそ銀塩の時代絵巻を引き続き楽しませていただきます。


[ 2017/07/02 21:39 ] [ 編集 ]

思い出の一枚の写真

確かに照明柱が一緒ですね。不思議なもので、引き付けられるように過去を語るものが見つかるものです。
あの南大夕張の作品の背景や脈絡が分かり、こあらま的には、なかなか興味深い結末となりました。
時間は戻せませんが、当時の写真を眺めていると、どっぷりその時代に浸れるような気がします。
とはいっても、戻れないのは確かで、その時その時の一期一会を大切にしなくてはと、痛感する次第です。
写真というのは、時間を経て、その価値が増していくものがあるようです。そんな、写真を撮りたいものです。
それと、ちょっと気になったのが「日本国有鉄道案内図」。羽幌線が繋がっていません。根北線もありません。
代わりに多くの炭鉱鉄道が載っています。少なくとも、60年は経っています。この案内図、お宝ですね。
「幸福の黄色いハンカチ思い出ひろば」は11月5日まででしたね。多分、秋に実物を拝見できると思います。
[ 2017/07/03 00:32 ] [ 編集 ]

鉄道記念物級です


こあらまさま

33年はやはり長い月日で、様々な出来事が脳細胞から消えてゆきつつあるのですが、
数枚の写真とそれらを時系列で追える「ネガ」 の存在は、その時の一瞬一瞬の記憶を蘇えらせる触媒でもあるようですね。

「日本国有鉄道案内図」、羽幌線が繋がっていないのは言われて気付きました。優に60年以上前という事になりますね。
これに限らずスハニ6、鉄道記念物級です。もともと木造客車で外の皮だけ戦後鋼製に張り替えたものですが、下回りは昔のまま、
広窓化されていますがシートピッチと合わないのは、車内も相当な年代物の証し。
女性二人が横に並んで一杯のシートの幅も昔の日本人の体格を黙して語ります。
こうして車内にも自由に入れますし、夕張に行かれるのでしたら必見ですよ。石炭ストーブの匂いにも涙する事請け合いです。
「ハンカチひろば」の撮影地キャプションも修正を依頼しましたから直っていると思います。見たら教えて下さい(笑)
[ 2017/07/03 20:27 ] [ 編集 ]

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