夕張物語 その6    清水沢

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   石勝線 夕張支線  清水沢    2017年6月






夕張線と接続した三菱石炭鉱業鉄道線が向かう「南部」と呼ばれた地域は、シューパロ湖のほとりに北部地域に負けぬ炭鉱住宅街を形成していた。

しかしその狭隘な地形は繁華街まで形成するには不都合だったのか、地域の商業的中心はこの清水沢駅周辺だったようだ。

もちろん南部から運び出される石炭列車を国鉄に受け渡す場所でもあったから、広大なヤードを備えた要衝でもあった。

今の清水沢と往時のそれを見比べれば、夢の跡の念を禁じ得ない。






三菱石炭鉱業 清水沢3 198402 take1b

   夕張線 清水沢   1984年






産炭と共に始まった夕張線の歴史を秘めた清水沢駅は今年開業120周年を迎えるとの事、駅舎内では写真展が開かれていた。






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駅前旅館、パチンコ屋、スポーツ用品、文房具屋、そして盛大な夏祭り。往時の清水沢の雑踏が写真から響いて来るようだ。

そしてかつてこの駅を利用した人々から寄せられたメッセージがまた沁みるのだ。


「清水沢の町がちょっぴり都会のような。ちよっぴり自由があったような。」


都会人には想像が難しい閉鎖社会にあって、清水沢は自由な都会への憧れを掻き立てる場所だったのかもしれない。

若さ故に故郷を捨てたけれど、歳月を経て心は此処に帰ると。






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三菱石炭鉱業 清水沢改札口と駅員1 1984年2月 日 16bitAdobeRGB原版 take1b


清水沢駅6 1984 55mmF28 原版take1b

   夕張線 清水沢    1984年





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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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死神岩瀬復活!






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ひょんな事から中日☓巨人戦のネット裏年間指定席がやってきましたあ。ごっつあんです!

こういういい席でつまらん試合を見せるなよー、でも相手が菅野かあー (´・ω・`)

それでもトラの子の1点を守った9回裏、守護神のハズの田島が1・2塁のピンチ。

田島!馬鹿たれい!と泣きそうになったところで何と「岩瀬」のコール。

御年42歳の岩瀬はもはやハエの止まるようなストレートながら、スライダー、シュートの揺さぶりが最近冴えわたっているのだ。

この間派手に打った亀井を迎えて東京ドームは敵味方とも最高に盛り上がるが、切れ味鋭いシュートを引っかけさせてゲームセット!

一時は引退も覚悟した死神岩瀬が遂に9回裏のマウンドに帰って来たぁ!!!

いつぞやの神宮のブルペンで、「岩瀬!頼むぞお!」と声を掛けた風太郎に「おうっ」と拳を突き上げた御姿が忘れられません。

前人未到の403セーブ目、3年振りの記録更新とはもう泣けてくるよ。


ああ幸せな夜です。







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もらったコイツはどうしてくれよう。梅雨のぬかるみにカメラバックを置く時の敷物にしようか。







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[ 2017/06/23 22:41 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(2)

風太郎 様

清水沢・・・今でも現役ですね 良かったですね
往時の華やかさはなくともそれでも存在してくれていたことに思いを深くします
今年開業120周年を迎えるとの事、駅舎内では写真展が開かれていた・・・・風太郎様が一枚一枚丁寧に見られたであろうことが想像に及びます
最後の女性のお写真一際印象深いです
沢山のお買い物・・・それを入れた袋さえ当時は大事なブランドだったのではないでしょうか・・・


[ 2017/06/24 19:48 ] [ 編集 ]

都会の香り


りらさま

「ここが、わたしの出発駅 そして、わたしが帰る駅」というコピーがまた泣かせるじゃないですか。
もちろん一枚一枚丁寧に見ましたよ。
やはり微かな都会の香りを含んだ町だったのでしょう、特別な想いがメッセージから伝わりました。
ホームの高校生が持つ手提げはこの当時の流行だった「ファンシーグッズ」風ですね。
大人と少女の境にある女性のハートをくすぐったようです。
ネット通販など影も形も無い時代、そんな買い物も出来たのが清水沢だったのかと。

想いの詰まったこの駅も2年後には消滅します。
総集編として第3回の写真展が計画されているようですから、風太郎もひと肌脱ぐと事務局に伝えてあります。

[ 2017/06/24 21:55 ] [ 編集 ]

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