江の川紀行 その2   三江線

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   三江線 宇都井   2017年10月







江の川の全長194km、それに寄り添うように走る三江線は、広島最北部の三次から島根との県境を越え、

日本海を臨む江津まで全長108km、大河にも引けをとらぬ長大ローカル線である。

もともと江の川を使った水運がダム建設により阻害される事を踏まえての補償措置という性格から始まったらしいが、

1930年代より三次、江津双方から建設が進められ、1963年にそれぞれ三江南線、北線として一旦完成したものの、

中央部の口羽~浜原間の完成により全通するのは1975年まで待つ事になる。

同時期に全通した四国の予土線と並ぶ、「歴史上最後に作られたローカル線」である。

既に国鉄財政は末期的な惨状を呈し、運ぶ人も貨物も乏しいローカル線の未来は全く展望出来ないにも関わらず、

最新土木技術が注がれて黙々と建設が進められた鉄路。

昔のようで案外最近でもある時代だけに、風太郎でさえよく存じ上げている政治家の名前も見え隠れする、

我田引鉄ローカル線の最後も飾ったという事だろう。







sankou201710_22112乙原take1b

   乙原






沿線道路の未整備を理由に1980年代の廃止ラッシュも生き延びた三江線だったが、通過人員はこの30年間で10分の1となり、

2018年3月末をもって廃止の運命にある。路線長100kmを超える路線の廃止は、JR化後本州では初めての事である。


雨雲は低く垂れ、谷を流れる。2本のレールは森閑とした県境に伸びる。

密やかに進んでゆくのは、三江線最後の秋。






sankou201710_21553石見都賀take1b

   石見都賀







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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2017/10/31 20:07 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(10)

風太郎様

廃止の運命・・・三江線・・・来春廃止・・・それで撮影に行かれたのですね・・・
三江線最後の秋の記録をカメラに記憶を心に残すために出向かれたのですね
一枚目
地上20mの日本一の高架駅・宇都井駅・天空の駅とも言われているのですね・・・調べてみました
廃線になったあと・・・長大ローカル線跡はどうなるのでしょうか、朽ち果てさせるのでしょうか・・・土木遺産として残すことは出来ないのでしょうか・・・
いつか世界文化遺産と認めらるようにも思える程雄大ですから・・・・
[ 2017/10/31 21:08 ] [ 編集 ]

記念碑


りらさま

「葬式鉄」は性に合わないながら、写真を見れば見る程素晴らしいロケーションですし、
本当の狂騒になる前に目に焼き付けておこうと。
1975年に完成した区間などは呆れる程立派です。さあどうするのでしょうか。
土木遺産というより政治の愚かさを伝える記念碑として残すべきかと。
[ 2017/10/31 21:42 ] [ 編集 ]

凋落

三江線は、陰陽連絡線の中でも、距離と時間で、一番利用しにくい路線でしたね。

それに比べて、伯備線は言うに及ばず、
お隣の木次線は、スイッチバックを擁する山岳線ながら、夜行の急行まで走っていて、
学生の頃は、よく利用させて頂きました。

それがついに、三江線は命脈がつき、木次線も、どうなることやら。

昭和も後半に全通した偉大なローカル線のお話、
当時住んでいた鹿児島の大隅線を思い出しました。

[ 2017/11/01 03:36 ] [ 編集 ]

三江線

風太郎さま

もともと江の津、つまり江の港=江川河口の港として興った町を起点にもち水運を担ってきた大河江川。

一番民力が弱い島根県から100キロ越えの長大ローカル線が消滅してしまうのは悲しい話ですが、
島根の持つ美しい風土の魅力にもっとスッポトライトをあてて元気付けられたらと思います。
大学入学直後の秋休み、M本君と出雲に乗って山陰旅行に出かけた際に最終完成区間を完乗したことを
懐かしく思い出しました。
[ 2017/11/01 09:33 ] [ 編集 ]

コンクリートの屍


NOBUNOBUさま

陰陽連絡線なんぞ伯備線だけで充分じゃんという昨今、木次線や芸備線三次以遠も風前の灯とも聞きます、
ましてやダム迂回の都合もあって随分遠回りな三江線なんぞは、連絡線と呼ばれる事も無く消えていくのでしょうね。
大隅線も結構新しい完成でしたね。鉄建公団建設という裏ワザがコンクリートの屍を国土の隅々に残す事になりました。
[ 2017/11/01 22:15 ] [ 編集 ]

贅沢な時間


狂電関人さま

三江線に乗ったとは。あの悠長な迂回路線に数時間、時間が勿体ないと思うのはサラリーマン根性でしょうか。
それが停滞故というのはともかく、石州瓦の集落の素朴な佇まいを残す味わい深い路線です。
願わくば時間に追われぬまま車窓の風に吹かれながら贅沢な時間を堪能したいです。
[ 2017/11/01 22:24 ] [ 編集 ]

東奔西走

只見線の次は三江線とは、東西の二大政治路線ですね。山岡山さんのガイドなら、効率よく撮れたんじゃないですか。
分らないもので、結局は親分の只見線が残り、子分の三江線が消えることになりました。
三江線のシリーズの後は、芸備線、木次線の備後落合界隈へと続くのでしょうか。
こちらも存続が危ぶまれている鄙びた山峡ですし、何よりガイドさんがお好きなようなので。
そうそう、只見線の入広瀬も拝見しました。この角度できましたか。なかなか稲田がいい感じです。
北帰行の途上で寄りましたが、折からの天候不順で今回は雨となりました。今年の稲刈は遅れていたようです。
[ 2017/11/01 23:50 ] [ 編集 ]

余録ですので


こあらまさま

たった2日間限りの余録でありますので、欲張る事はせず三江線に絞りました。
何といっても江の川との絡みは素晴らしく、今更ながら惜しいと思った次第です。

入広瀬は上がれるとこまで上がって寄せるだけ寄せたというところですね。
トリミングも含め900mm位の画角です。
魚沼方は9/24前後でほとんど刈入れが終わっていました。この一角も数日中にはという感じでしたね。
[ 2017/11/02 20:06 ] [ 編集 ]

おはようございます

ご一緒した際に撮られたお写真でしょうか。

今回、ご案内させていただいて、風太郎さんの御作品がほぼ手持ち撮影で生み出されたことを知り、
しかもそれが、基本的にどんな場面でもということを体感し、驚きとともに、写真の基本はやはりそうでないとと再認識した次第です。

三江線を含めたローカル線についても、短い時間でしたが、ご一緒していろいろとお話ができて本当に良かったです。
書かれているとおり、経営が傾き始めた時代の国鉄のローカル線建設については、現在の高速道路建設と同様、いやそれ以上の矛盾を抱えたものだったことは、
三江線の新線区間をいろんな角度から見ると明らかですね。

しかし、我々や一部の地元の方々を含めて、出来上がったものへの愛着や、そのいきさつへの客観的なおもしろさという点では、
三江線ほどネタが尽きない路線はないかもしれませんが...。
[ 2017/11/03 09:48 ] [ 編集 ]

ギリギリ最後まで


山岡山さま

最後の写真だけが「前日」です。

これでも数年前までブローニーで風景写真を撮っていた時は99%三脚使用だったんですよ。
でもそういう被写体にやや飽きた事と、鉄道に戻るなら昔のほぼ手持ちオンリーに帰りたいところがあって。
列車が止まるSSなら手振れは起きないしましてや補正付のレンズなら、と昨今の三脚マストは不思議な風景に映ります。
大体構図が決まるのは通過3分間前、三脚据えてる暇があったらギリギリ最後までベストアングルを探すという主義です。
構図の安定も大事ですが、瑞々しい臨場感の様なものはどっかり据えてという世界からは生まれないのではとも思っています。
そのあたりは人それぞれで何が正解といものでもないと思いますが、昔から人と違う事をしたい性分ですので。

生まれた時から矛盾を抱えた線路でもそれを待っていた人々は歓呼で迎えたのでしょうし、かけがえのない故郷の風景でもあるのでしょう。
社会インフラというものはそれ程軽いものなのかという想いは尽きません。


[ 2017/11/03 11:43 ] [ 編集 ]

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