只見線 十色の春来たり。 その11    証人

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  只見線 会津柳津   2018年4月








柳津駅前にはかつて只見線を走った「C11244」が保存されている。

昭和18年日本車両製造。いわゆる「戦時型」ではないが、

のっぴきらぬ時代に相当な無理を押して造られた事に変わりはない。

大幹線の大型機関車が「兵器」として扱われるのは納得もいくが、

C11の如くローカル線専用機関車に至るまで戦時生産の拍車が掛ったのはこれいかに。

それはこの国の長閑な里の隅々にまで戦争が浸透した証人でもある。









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只見線の古い駅の周辺には苔むした慰霊碑が草に埋もれているのをよく見る。

普通その手のモニュメントには何に対する慰霊なのかというという銘がはっきり刻まれているものだが、

よく見ても記されていないものがある。


想像に任せれば。それはその駅から旅立って戻らなかった無名の兵士への鎮魂ではないかと思う。

映画に出てくるような出征兵士の見送りはごく小さな駅頭にあっても頻繁に繰り返されたのだろうし、

それは無数にあった今生の別れの場所でもあった事だろう。

銘が何も刻まれていない慰霊碑には、顕彰するほどの合理性すら持たぬ、

あまりに理不尽なものに対する静かな怒りが込められているようにも思うのだ。

美しき山河に育ち、争いや独占よりも和と分配を重んじ生きてきた農民兵士が、あの戦争の主役だった。


見送りの駅を次々と後にした機関車は、満開の桜を映し穏やかな時間に佇む。









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   郷戸






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[ 2018/05/30 20:01 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

風太郎様

三枚のお写真にて・・・・映画を一作品見る思いです
文章は俳優の台詞ごとく思えます

C11244・・・只見線会津柳津駅前に保存・・・調べてみました
C11244の上には屋根があるのですね
それがないかのように一枚目を撮影されています
傍に桜並木があるのですね
二枚目はそれを窓ガラスに映し込まれたのですね

三枚目
桜降る夜・・・・情感がありますね
[ 2018/05/31 19:52 ] [ 編集 ]

声なき声を


りらさま

駅は寂れてはいても様々な歴史を秘めているもの。
佇めば何処か声なき声を聞くような。
三枚めは真昼間ですよ。暗い背景を選んで逆光気味に撮るとこんな絵になります。
[ 2018/05/31 21:06 ] [ 編集 ]

見事な組み写真

一見華やかに見える桜という花の「業」をしみじみと感じます。

名も無き兵士たちは名を残すことも無く、亡くなり消え去りました。
歴史に残るのは良くも悪くも、上に立った一握りの為政者だけです。

桜は見ていたのでしょうね。
散り初めの桜、ぞっとするくらい怖く、美しいですね。




[ 2018/05/31 23:01 ] [ 編集 ]

象徴


大木 茂さま

有難うございます。

大木さんならご存知でしょうがこの機関車が只見線にやって来たのは後年の事で、
製造当初、戦中及び戦後しばらくは北東北で働いていたようですね。
しかし例え場所は違ってもこの国の片隅まで兵士をかき集めるために走った事は変わりなく。

桜は美しいものですが、純軍事的に評価しても愚か過ぎる戦争指導の責任を美化する象徴のようでもあれば複雑です。
武骨な「兵器」に映りこむ桜に、そんなイマジネーションを感じました。
[ 2018/06/01 00:18 ] [ 編集 ]

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