ミンガラーバ!  その5   ダニンゴン②

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結構遠くから列車は警笛を鳴らして接近を知らせる事もあって「逃げ足」は思いの外早い。

でも左側の壁に張り付くはなかなかの度胸だ。




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先頭に乗っているのは無論「かぶりつき」では無く、運転士の死角を見張って「危ねえぞ、ゴルァ。」と優しく指導する係と思う。



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「降りる方の後で順序良くご乗車下さい。」などというのは全く通用しない。

停車する前、まだ動いているうちに次々と飛び乗ってくる。

降りたかったら出口前で周到に到着を待ち構える。出遅れたなら僅かな隙間に強引に割り入る他なし。

降りる、という意思が目で伝われば言葉など要らずそっと道は開くのだ。

大荷物は窓から放り込まれ、当然座っている見ず知らずの人の上に落ちるのだが、それはお互い様だから黙って手伝う。


ルールだマナーだ、守った守らないでブチ切れる人間を此処に放り込んでみたい。




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溢れる大地の恵み、肌と肌が重なり合いぶつかり合う人間の渦。

撮っても撮っても撮り切れない、アジアの混沌は終わりの無い巻絵草子。






HPはこちら  

「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2018/08/07 21:17 ] 海外写真 | TB(0) | CM(6)

人いきれ

こんばんは。

どのお写真もカラフルですねぇ(笑) 私のイメージする東南アジアのまんまです。

それにしても人・人・人!凄いですね。人いきれが凄そう。
でもこの活気が懐かしくも思います。そして羨ましくも…
今の日本にもこういう日常の活気が戻ってくれると嬉しいですね。

次のお写真も楽しみにしております。

[ 2018/08/08 21:50 ] [ 編集 ]

色の洪水人の洪水


いぬばしりさま

目立った産業が育っていないこの国で、「ものなり」の良さは救いというか結構幸福感がありますよね。
何でも原色にしたがるのは、この色彩の洪水に生まれた時から浸っているからかと。
ミャンマーの人口構成で一番多いのが20代、次が10代、その次が10歳未満と聞けば、
日本とは全く異質な社会なのでしょう。
このカオスの中に居ると半日で線路歩きも直前横断も無抵抗になりますよ。
日本に戻っても癖が出ないか心配な位で。
[ 2018/08/08 23:06 ] [ 編集 ]

アジアの活気

開け放しで走る列車。窓からの乗り降り。
かつて日本でも見られた光景ですが、停車場に集まるたくさんの物売りの人々。
線路まで覆ってしまうほどの品物。
これだけは明治以来の日本では見られなかったアジア独特の風景だと思います。
同じアジア圏でありながら、日本ではなぜこうした風土が生まれなかったのか。
鉄道や停車場に対する意識の違いがその根底にはあるように思いますが、なかなか興味のある問題です。
[ 2018/08/09 00:10 ] [ 編集 ]

距離と共感


まこべえさま

そうですねえ。やっぱり「私」と「公」をきれいに区別して棲み分ける、日本人の結構稀有な特性なんでしょうねえ。
公共の場での日本人のお行儀の良さは世界が驚嘆するようで、それはもちろん悪い事では無いのですが、
何処か自然でないというか、何かドロドロ鬱屈したものを同時に蓄積しているような気もします。
ルールに則りスマートに洗練された人間同士の距離感も快適なのかも知れませんが、
それと同時に相手の勝手な都合や事情にも共感する、許す、お互い様といった人間臭い懐の広さのようなもの、
それが減退した社会も息苦しいものですし、溜まったマグマの噴出も陰湿で見苦しいものです。
何が幸せなのか答えは簡単でありませんが、旅で触れる異質の価値観を大切にすべきですね。
[ 2018/08/09 00:37 ] [ 編集 ]

東南アジアで若者達と生きたい

感動の記録をありがとうございます。蓄積してこられたものが一気に花開いた、底力のある作品を堪能しています。
小生は東南アジアの発展途上国で経験知の限りを出し尽くして生きたい(そして土になる)と考えているのですが、
先日神戸の会合で植木職人を修行中のミャンマー人青年に遭って以来ミャンマーが有力候補となってきました。
「ルールだマナーだ、守った守らないでブチ切れる人間を此処に放り込んでみたい。」とお書きになっていますが、
日本が、小生にとっては息苦しい国になってしまったというのが最大の理由かもしれません。
あらためて、背中を押していただいたような素晴らしい記録をありがとうございます。
[ 2018/08/18 06:46 ] [ 編集 ]

貧しいけれど


Ciao !さま

旅慣れた方の同行があっての事だったのですが、観光用のお仕着せではなく、
庶民生活の只中に飛び込むような旅は緊張感もあれど印象深い旅になりました。
本来旅とはそういうもの、忘れかけていたものを思い出しました。

どう言葉を取り繕うともかつてこの国を戦場にし、
ビルマの人々はもとより幾万の日本人が無残に死んだ歴史を美化隠蔽してはならないと思いますが、
戦後、そして今もこの国の発展に英知を注いでいる日本人が大勢いる事は誇らしく思います。
私は貢献する程の能力もありませんが、Ciao !さんの志は素晴らしいと思いますね。

ミャンマーの人々は宗教的な教えもあるのかも知れませんが本当に親切で親しみやすいです。
貧しいけれど卑屈にはなっていないというか、慈しみでそれを補おうとしているというか。
いざ海を渡るとなればいろいろ大変な事は多いと思いますが、土になる価値もある国だと思います。

[ 2018/08/18 10:47 ] [ 編集 ]

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