凍れる不夜城

宗谷本線 音威子府 夜の交換 補正 シャープtake1b

  宗谷本線 音威子府  1988年







下りホームに到着したのは裾の絞りが無いのが特徴の、珍しいキハ24。

水銀灯のヤード照明に加えて照明器具が多彩になったこの当時の駅構内は、独得な光の饗宴の場でもあった。

それにフイルムの感光特性というエフェクトも加われば、非現実的な程の発色には少し引いたけれど。

凍れる不夜城とも称された鉄道の要衝音威子府の、それは最後の光でもあったように今は思える。







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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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風太郎様

キハ24が凍えているように見えます
厳しい寒さには慣れているでしょうが・・・
最近は列車が列車とは思えなくなっています
人のように思えるのです
貨物を牽引して華やか日々もあったことでしょうね
左手の雪の明かりと右手の駅舎の灯り・・・・呼応しているかのようですね
フイルム撮影だったのですね
音威子府駅は・・・・おといねっぷえき・・・と読むのですね
また一つ北海道に親しみを感じることが出来ました
生涯行けることはないでしょう
風太郎様のお写真が私の北海道なのですよ
また撮影に行って下さいね

[ 2020/01/17 20:32 ] [ 編集 ]

歳を重ねて


りらさま

蒸気機関車を称して「最も人間に近い機械」という表現もありましたが、
その土地に根を下ろし暑さ寒さに耐えながら歳を重ねるような鉄道車両には、どこか人間の生涯と重なるものも感じますね。
鉄道に対する愛着とはそんなところからも来るのでしょう。

フイルム撮影はデジタルと違って結果がその場で確認できませんから、痛恨の失敗もあれば思わぬ意外性にも恵まれました。
特に人口光は予測が難しかったですから。成功失敗はともかく、この独特な色描写も懐かしいです。
[ 2020/01/17 22:07 ] [ 編集 ]

雪氷の張り付いた後ろ面

 風太郎さま テ-ルライトが物悲しく びっしりと雪の付着したDCは渡道して初めて観ましたねぇ
吹雪の中走って来る正面よりも、後追いの後ろ正面が印象的でした。
 阪神淡路や湾岸戦争の始まった忌日の1/17・・・ 自分の先輩の誕生日ではありますが、去って逝く人も・・・
 Mr ドラゴンズ 78歳 早過ぎますよ。・・・合掌
[ 2020/01/18 01:19 ] [ 編集 ]

去り行くキハに名選手


koppel-2さま

雪は風圧に晒される進行方向よりも巻き上げがそのまま付着する後尾方向の方がビッチリ付着します。
まるで雪のフェイスマスクのような様を初めて見た日には雪国の凄さを実感したものです。

高木守道・・・いろいろ元気な人だけに驚きました。
私がファンになった頃は34歳位、全盛期は過ぎていたのかそれ程凄いという印象は持ちませんでしたが、
人気を二分していた星野仙一とは至って対照的な「職人」でしたね。
しかし返す返すも10.08、そして先年のクライマックス、東京ドームで3連勝の後の3連敗は現地で見ちゃいましたよ。
監督としては勝ち運が無かったというより、職人にそういう派手なお祭りは似合わなかったのでしょうか。
[ 2020/01/18 11:06 ] [ 編集 ]

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