鉄道の町 山北  その1

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  御殿場線  山北  2012年2月




御殿場線の山北は、今はいちローカル線の小駅に過ぎないが、かつては「山北機関区」を擁す

る「鉄道の町」だった。それはもう戦前の話だが、ここは東海道本線の一部であり、急勾配を

登るための大型機関車が配備され、機関区をはじめ、鉄道員だけで500人を数えたというから、

その家族も含めれば千人単位の国鉄関係者がこの町に住んでいたことになる。

その後、丹那トンネルの開通に伴い、機関区は1934年に廃止、「御殿場線」としてローカル線

に格落ちする中で、いつしか人は去っていった。


風太郎はゴルフの行き帰りによくここを車窓から眺めるのだが、駅周辺の枯れた雰囲気がなん

とも印象的で、いつか降りてじっくりウォッチングしてみたいと思っていた。そうこうするうちに

JR東海の合理化策で、この由緒ある山北駅が無人化されるという報を聞く。「鉄道の町」から

鉄道員が完全に姿を消すという大きな節目の前に、これは行っておかねばと思ったのだ。


「お散歩鉄」というコンセプトなので、カメラは軽くかさばらないV1にする。最近望遠ズーム

をヤフオクで安く買い叩いたので、標準ズームと2本で充分だ。小田急線新松田駅の前にある御

殿場線松田駅から2駅目。「お散歩鉄」開始。


上の写真は駅の沼津側、通過する電車の後方が、山北を「鉄道の町」たらしめた25パーミルの急

勾配だ。下の写真は駅の国府津側、ベージュ色の大きな建物のあたりに巨大な扇型庫とターンテ

ーブル、各種機関区施設があった。


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駅前を歩く。正面の瀟洒なモルタル塗の建物「タケイ美容室」は昭和7年の建築とされ、実際戦前の

写真にも写っている。山北全盛期の貴重な証人。今も普通に使われているのが嬉しいね。



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駅の隣には「山北町ふるさと交流センター」なる施設があり、かつての山北の写真が展示されている。

当然ながら、「機関区」がらみの写真がほとんどであり、マレー式を始め、当時の最大出力を誇る機

関車が勢揃いして煙を上げていた往時の活況が伝わってくる。弓道場やテニスコートなど娯楽施設

から「投炭練習場」なる焚口を模した練習台(今風ならシュミレーター?)までずらりと並んだ写真も

あって、当時としては最大規模の機関区だった事が伺える。



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 昭和8年当時 写真右の建物が上の写真の美容院、写真左の「薬局」も建物は変わったが現在も営業中




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[ 2012/03/13 21:38 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(2)

D52

風太郎さま

マレーは無理までも、マンモス機D52が闊歩した頃を
見てみたかったですね!
山北の駅脇のD52はオイルが行き届き今にも
動き出しそうです。かつての国鉄マンなどが今も
メンテを欠かさないとか・・・。
私がここを訪れたのは御殿場線70周年の記念に
EF58122+157重連が走った時です。
[ 2012/03/14 21:54 ] [ 編集 ]

確かに

狂電関人さま

はい、確かにすんばらしいD52ですね。
今晩UPしています。ご覧くださいませ。
[ 2012/03/14 22:06 ] [ 編集 ]

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