信濃川最後の渡し舟

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   真皿の渡し   新潟県 小千谷市  1992年



「真皿の渡し」は、新潟県小千谷市、飯山線の内ヶ巻駅の近くにあった、信濃川最後の渡し舟である。

木村伊兵衛賞作家の北井一氏による1976年の写真集「渡し舟」は、当時まだ全国に残っていた渡し舟

を追った写真紀行記なのだが、風太郎が愛して止まない一冊だ。しかし渡し舟は橋さえ架かれば一発

で不要になるだけにローカル線以上に風前の灯だった。本書のなかでもかなりのページを割いて紹介

されている「真皿の渡し」はそんな状況のなか、奇跡的に残っていたのだ。


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渡し賃は50円だったと思う。地元の人はタダか、ごく安かったようだ。エンジンのような動力は無く、

昔ながらの櫂を漕いで進む。無口なおじいさんが船頭で、河原の船頭小屋で朝から晩まで川を相手に

過ごしていた。信濃川の川幅は100m以上は充分あったと思う。対岸までワイヤーが渡してあり、それ

と舟が連結されていて、流されない用心と櫂の操り次第では流れを動力として利用できる仕組みのよ

うだった。


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近くのバス停で降りた人達が河原に下りてくる。ちゃんと交通機関として機能しているのだ。観光舟

下りではないからライフジャケットなど無論着ない。舟は河原を離れると、信濃川の真ん中にゆっく

り漕ぎ出していく。音といえばキコッキコッという船頭の操る櫂の音と、舟べりを打つ川波の音だけ

である。低い目線で見ると信濃川はやはり広く大きく、大河と呼ぶにふさわしい。5~10分程度だっ

たろうか、浮世を忘れるような時間の後、舟は対岸に着いた。


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次は雪のある時にがっつり撮ったる、と意気込んで引き上げたのだが、行きそびれているうちに、大

きな橋の完成と、信濃川最後の渡しが消えたことを伝えるニュースを耳にしたのは、しばらく後のこと。


風太郎としては地団駄踏みたい被写体のひとつ。でも乗れただけでも佳しとしますか。



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[ 2012/04/02 23:12 ] 自然風景写真 | TB(0) | CM(0)

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