夕映えの炭鉱気動車

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       鹿島鉄道   桃浦   1981年



昭和30年代、北海道の炭鉱鉄道は石炭輸送が生み出す潤沢な資金を握り、近代化が遅れる国鉄を尻目に

最新鋭の気動車を揃え、興隆を極めた。しかし昭和40年代に入り、輸入炭に押され各地の炭鉱は衰退し

閉山への道を争うように辿った。鉄道もまたヤマと運命を共にする。


レールは剥がされても、まだ車歴が浅く高性能な炭鉱気動車は全国各地に散り、はからずも第二の人生

を送ることになる。


鹿島鉄道(旧関東鉄道)には、昭和50年代に入ると、次々と炭鉱鉄道からの転入車が入線したが、写真の

キハ715も夕張鉄道から来た。昭和31年製、同時期の気動車が窓割等、側面は似たり寄ったりなのに比べ、

狭い窓が小刻みに並んだ同車は異彩を放っていた。

夕鉄時代は転換クロスシートまで装備して、炭鉱鉄道の豪奢振りを体現していたのだが、転入後はロング

シートに改装され、故郷を遠く離れた茨城の地で波乱多い生涯を終えた。



はや陽が傾いた霞ヶ浦のほとり。

細かな窓ひとつひとつから初冬の光をこぼして、炭鉱生まれの気動車がカタコトと通り過ぎる。




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鹿島鉄道

風太郎さま

というか、関東鉄道鉾田線の方がしっくりきますが、
この線が、関東の地方交通線の中で一番沿線景観が
気に入ってました。
車両も良い車が揃ってましたね!
[ 2012/05/09 22:27 ] [ 編集 ]

鹿島鉄道

狂電関人さま

確かに関東私鉄では一番絵になりましたね。

なんだかんだで古い車をだましだまし良く使っていたと思います。

かつて「東の気動車王国」と呼ばれた関東鉄道の、

気動車使いの意地みたいなものが感じられました。
[ 2012/05/09 22:53 ] [ 編集 ]

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