モノクロームをもう1枚 

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  蒲原鉄道 大蒲原   1982年


風太郎の昔の写真はモノクロームが多い。


モノクロームの何処がイイか、というお題は既に語り尽くされている気がするし、

一般論はともかくとして、風太郎の動機は「蒲原の冬」に行き着く。

当初風太郎の写真は全てカラーだったし、蒲原も例に漏れなかったが、

「冬」を撮るにあたって「何か違う!」という思いが膨らんだのだ。

カラー、特に調子が硬いリバーサルで雪景色を撮ったとき顕著なのだが、

やっかいなのは「白」と「その他の色」が完全に分離されてしまうことだ。

つまり、仲を取り持つ「ハーフトーン」「グレー」が絶対的に不足している。

蒲原地方独特の重く湿った雪は、積もると大きく膨らんで微妙なグラデーションを雪面に作る。

垂れ込めた雪雲はハーフトーンそのものだし、雪明りが作る待合室の柔らかな陰影はグレーが主役である。


「蒲原の冬」の、そういった風土や情感はモノクロームでこそ、と気が付いた風太郎は

以後ほぼモノクローム一本槍に切り替え、同地での撮影の9割以上はそれである。

実際には雪国の冬だっていろいろな色があるのだが、風太郎の「記憶色」はあくまでモノクロームだ。


これは歳月の移ろいだけの仕業ではあるまい。

(続く)


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  蒲原鉄道  大蒲原   1985年


HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2011/10/12 21:50 ] 写真道具 | TB(0) | CM(4)

こんばんは。

風太郎さんが撮られる「人」がとても好きです。
2枚目の婦人も、背中を通して表情が見えるようです。
鉄道写真も、「人」が入ることによって、
とても濃く、強く、味わい深く、叙情的になりますね。

ストーブにかけられた、アルミ製の持ち手カバーのないやかん。
横に倒れてなくて、ちゃんと立ててあるのは、
やかんを持つ手がやけどしないようにと、さりげない思いやり。

木のベンチ、窓の外の(おそらく)積雪。

いいな~・・・・こんなの、撮りたい!
[ 2011/10/12 22:22 ] [ 編集 ]

rrrazurrr さま

そうですね。鉄道は何かの目的を持って人が乗るものですから、人のいない鉄道風景は不自然だと思います。

しかし・・・

最近のプライバシーや肖像権意識の高まりは「人」を撮ることを難しくしていますね。声をかければ構えられてしまうし、自然な表情が撮れません。

最近通っている小湊でも「いただきました。」と言いたくなるようないい表情のスナップが撮れているのですが、もろに顔が分かる写真をUPするのはためらいます。悪意のある出し方でなければ分ってもらえると思うのですが。

女性の方が警戒されないですし、有利かもしれないですヨ。頑張って下さい。
[ 2011/10/13 00:20 ] [ 編集 ]

モノトーン

風太郎さま

色で表現するのではなく、モノクロの濃淡だけの世界は
奥が深くて、その絶妙な表現が思い通りに出た時
カラー以上に饒舌になります。
風太郎さんの気持ち、よくわかります。
[ 2011/10/14 07:15 ] [ 編集 ]

モノクロ今昔

狂電関人さま

酢酸の匂いが充満する暗室の、懐かしくも七転八倒の思い出が蘇ります。

デジタルになってモノクロも本当に楽になったし、昔なら救えないネガが結構復活する楽しみも。

銀塩VSデジタルの優劣論はさておいて、お気楽モノクロを楽しんでいます。
[ 2011/10/14 21:44 ] [ 編集 ]

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