風太郎の「D」な日々  神宮球場 砂かぶり

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  2011年8月31日


北海道紀行は一休みして、突然だが「神宮球場」に行く。もちろん中日×ヤクルト戦である。

同行したのは風太郎の中学時代の友人で昔からのヤクルトファンであり、当時から風太郎の因縁の

ライバルだったのだが、年に1回一緒に野球を見る、但しあくまで中立的なポジションでという事で、

ここバックネット裏、砂かぶりでの観戦が恒例になっている。


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ネット裏というと滅多に座れないと思うだろうが、「スターシート」という年間契約席が金券屋で

売られており、中日戦の年間契約席などガラガラだから好きな所に座れるという寸法である。

お値段は2500円とまあ、この席からすれば破格値だろう。

早々にプレーヤーとしての素質の無さを自覚して「見る側」に回った風太郎に対し、友人は大学の

準硬式野球部で投手を務めた程の本格派なので、いろいろ技術解説が聞けて楽しい。


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スタンド後方には満月が昇る。

「あの月に向かって打て!」とコーチが言えば、「アレでホームランのコツが分かりました」と応える選手もいる。

東京音頭の「ヨイヨイ!」の調子で打てという「指導」もあったらしい。野球って面白いね。


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   ブランコ、一発かましたれや!


今夜のユニフォームは復刻判で、1974年、巨人のV10を阻止し20年振りの優勝を果たした時のモノ。

風太郎は中学1年生。この時一生このチームを応援すると心に決めたのだ。いや懐かしい。


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   ドラゴンズの逆転を祝う花火。かもしれない。

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   「一球速報」の入力?

ネット裏には007のスコアラーの他に、せっせとパソコンに入力している変わった人も。

ヤフーなどでやっている「一球速報」の入力じゃないかな。一球ごとに球種・コース・球速等入力しなくちゃ

いけないから大変だ。


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  9回表荒木の一発で勝ち越すも。


接戦の末、土壇場で荒木のホームランが出て勝ちを確信するも、その裏岩瀬が打たれて結局引き分け。嗚呼。

巨人の背中がまた遠のく。さすがの風太郎も弱気の虫が。なんとかしてくれよお。



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「風太郎の1980年田舎列車の旅」




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[ 2012/09/01 09:14 ] 風太郎の「D」な日々 | TB(0) | CM(4)

懐かしいユニフォーム

これ昭和49年のリーグ優勝時のですね。
与那嶺監督と「燃えよドラゴンズ」の応援歌。
「一番高木が塁に出て」というでだし。
私はその2-3年前、先日亡くなった稲葉が
エースだったころからのドラファンです。
[ 2012/09/02 00:49 ] [ 編集 ]

懐かしいユニフォーム

マイオさま

そうです。「燃えよドラゴンズ」の時のユニフォームですよう。懐かしくて涙が出そうです。

ドラゴンズファンとは奇遇ですなあ。
[ 2012/09/02 10:06 ] [ 編集 ]

このユニフォームを見ると

風太郎さま

私は何故か谷沢を思い出します。

大学に入学した年、下呂出身のM先輩に連れられて、
西武球場に、ドラゴンズ対ライオンズの日本シリーズを見に行きました。

この試合、上川の起死回生HRで勝ちましたね。

あくまでも地元愛のホークスファンのQでした(爆)
[ 2012/09/02 16:01 ] [ 編集 ]

中日優勝

狂電関人さま

それは羨ましい。当時は球場で見るという感覚が余りありませんでした。

ナゴヤ球場の野武士野球全盛期。上川とはまた渋い選手を覚えていますね。

「小さいけれど、根性は日本一!」の応援歌でした。

しかーし。中日優勝は1982年です! 狂電関人さんは2年生のはずです!
[ 2012/09/02 19:07 ] [ 編集 ]

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