夕映えのワム

kitahama19812.jpg
釧網本線  北浜  1981年



幼い頃、母にねだって描いてもらった「電車の絵」は何故か貨物列車だった。

同じ車両が連なる電車より、有蓋車、無蓋車、タンク車といろんな形が並ぶ方が

「鉄」と無関係な母の興味を引いたし、貨物列車はごく日常の風景だったのだろう。


操車作業が必要な昔ながらの貨物列車は、すっかり過去のものとなった。

貨車を行先別に一両一両繋ぎ変え、手間ひま掛けて編成するという恐ろしく

不効率な物流システムが、消える運命にあったのは時代の必然だろう。


夏のオホーツク。

葬列のように放置されたワムは、折からの海霧と夕映えのなかにあった。

無骨な貨車が、ただ絵のように美しかったので。



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「風太郎の1980年田舎列車の旅」


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これも既に、懐かしい風景になってしまいましたね・・・
我が家の近所、JR西大路駅の隣。梅小路貨物駅構内には、廃車になったワム380000が何両も並んでその日を待っています。あれがとび色のワム80000だったら1両位欲しいな!と思うのですが、青い奴にはイマイチ愛着がありません・・・
でも有蓋車なんてもう他にありませんからね!
風太郎さん、いかがですか??
[ 2012/10/14 00:08 ] [ 編集 ]

貨車

こんばんは。

貨車は黒くなくっちゃ、という古い人間の風太郎です。

いつか博物館で、こんな箱みたいな奴に車輪がついて

線路を走ってたんだ、と面白がられる日が来るのでしょうか。

貨車は・・・・・思い出だけに留めておきましょう!
[ 2012/10/14 00:55 ] [ 編集 ]

こんにちは

「かもつれっしゃのワムくん」という絵本が我が家にあります お写真を見て思いだしました

駅のはじっこの草ぼうぼうのせんろのうえに長い間いるワムくんが 
「タムくんやツムくんトラくんとつながって
”かもつれっしゃは すてきだな”と唄いながら走る」
という夢を見る お話でした

長男も次男も 幼児のころは話の内容よりも貨車の絵に集中してましたが 
いまならワムくんの気持ちに添うだろうかと 今また息子たちに読んでもらいたくなりました

 
[ 2012/10/14 10:47 ] [ 編集 ]

貨車の見る夢

Jam さま

こんにちは。

「かもつれっしゃのワムくん」は見た事がありませんが、挿絵のイメージが湧いてきます。

何か人生の機敏を感じるようなストーリーのようですね。

少なくとも高度成長期までは貨物列車は物流の王者だったはずですし、

様々な貨車たちは戦後の復興を支えたのち、静かに消えていったのだと思います。


読み手の成長と共に違った感想が生まれるような本は素敵ですね。大切にして下さい。

ウチにも「きかんしゃやえもん」があったはずですが、どこにいったか・・・。

[ 2012/10/14 11:32 ] [ 編集 ]

こんにちは。

確かに北浜の側線には、いつも貨物車が居ましたね。
浜小清水も同様でした。
ここの貨物扱いは82年までありましたので、
ここに停泊車なり発送整備車が在っても不思議ではないのですが、
果たして、この頃にここからの発送のどれだけ在ったものか。
実体は、疎開車だったのかも知れません。

かなり昔のこと、
この側線から貨物扱い線への貨車移動を見ましたけれど、
それは、人力でした。空車だからこそでしょうね。
[ 2012/10/14 16:01 ] [ 編集 ]

疎開

Wonder+Graphics さま

こんにちは。

当時の釧網本線は結構貨車を連ねた混合列車も健在でしたし、
貨物輸送そのものが途絶えていた訳では無いのですが、
この北浜から直接積み出す雰囲気は無く、側線に余裕があったための疎開車と思われます。

かつてはこの駅から魚介類の他に内陸部の野菜の積み出しもあったのでしょうか。
いつもの事ながら、その場に居られた方が羨ましいです。
[ 2012/10/14 17:39 ] [ 編集 ]

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