赤谷線

akatanishanai1198302d.jpg
   赤谷線  1983年


赤谷駅で降り、深い雪に足をとられながら本屋に入ると、「NHKの人?」と駅員氏。

テレビのクルーでない事は一目で分かりそうなものだが、こんな雪深い山峡まで大マスコミが

入り込んでいる事を知る。

国鉄再建法に基づく第1次廃止対象40線区が選定され、沿線地域での廃止反対運動がマスコミ

を賑わせていた頃。羽越本線新発田から分岐する、赤谷線もそのひとつだった。


在りし日の赤谷線は、閑散盲腸線には不似合いなキハ58やキハ55といったダブルエンジンで運転

されていた。それは終端部の急勾配に対処するためである。本格的な山岳線だった。

運転本数は少なく、豪雪の深山とあってちゃんと下車して撮ったことは無く、駅周辺のスナップ

程度の写真しか残っていない。しかしこんな山奥にも営々とした人々の暮らしがある事に驚いたし、

勾配をよじ登るエンジンの轟音は今も耳に残る。


記録というより、記憶に残る鉄道だった。

もはや余命いくばくもない鉄道への、惜別の想いを割り引いても。



akatani11983021d.jpg
   赤谷線  赤谷   1983年

akatani11983022d.jpg
   赤谷線  東赤谷   1983年


「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります!
 ↓
にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道写真へ
にほんブログ村

HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」


スポンサーサイト
[ 2012/12/11 22:44 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(2)

こんばんは。

国鉄再建法での特定地方交通線に指定されるような線区でも、
その当時には、そこに鉄道が在れば利用する人々は、
それなりには居たのです。
(またまた2カット目の風太郎ワールドが、その証)
以来四半世紀あまり、辛うじて生き残ったルーラル鉄道も、
それを安楽死させるような経営環境下で利用者を減らし続け、
もし再建法が生きていれば、大半が廃止対象の有様です。
富山市の「都市圏近郊路線」としての高山線における
社会実験も、想定した効果が得られずに終わったようです。
ルーラル鉄道の復権は、やはりなさそうです。
[ 2012/12/12 23:29 ] [ 編集 ]

その通りです

Wonder+Graphics さま

仰る通り、再建法の基準を当てはめたら、日本のローカル線はどれだけ残るのでしょうか。
今や都市近郊の小湊鉄道でさえ、お客の数は赤谷線の方が多いような・・・(除く観光客&鉄)

集中治療室の延命措置で生き永らえているような鉄道を見るのは正直辛いです。
ローカル線はその風土の暮らしと共にあるもの、という風太郎ワールドの理念からすれば、
終わった感に苛まれるところ。。。

ついノスタルジーに逃げ込んでしまうのです。

[ 2012/12/13 01:05 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://futaro1980.blog.fc2.com/tb.php/412-25233836