太宰治 「津軽」 を旅する  その6     小泊

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   小泊   1987年



たけは、うつろな眼をして私を見た。

「修治だ」私は笑って帽子をとった。

「あらあ」それだけだった。笑いもしない。まじめな表情である。


   太宰治「津軽」より



国道339号線は中里、そしてその先の十三湖を過ぎると日本海に落ちる絶壁の際を走る様になり、

雪はいよいよ深く、風浪激しく、この時の足に使った風太郎自慢の4WDをもってしても小泊まで辿

り着くのがやっとだった。本当は竜飛崎まで行きたかったのだが、さすがに危険を感じて断念した。

北海道の猛吹雪でも平気な風太郎が怖気づいたのはこの時くらいで、断崖にへばりついたような小泊

の集落は、まさに地の果てを思わせた。


小泊に着いた太宰は、たけの家を訪ねるが留守にしている。太宰はがっくりするが、近所の人から子供

の運動会に行っていると告げられ、やれ嬉しやと会場に乗り込むものの人ごみの中で見つからず、やは

り縁が無かったと帰路に着こうとする。しかしその道すがら、たけの娘と偶然出会い、また引き返す。

このあたりは読者をして大いにハラハラさせる場面なのだが、彼はなんとか目的を果たす。


「津軽」に書かれている事は大部分は事実と思われるが、一部彼の創作も入っていて、フィクション

との境目が曖昧なところもある。しかし太宰が小泊小学校の校庭でたけと再会した事は確からしい。

運動会の会場という事で「目撃者」も多く、後年の研究家は随分丹念にこの場面を調べているようだ。


それによれば、太宰とたけは確かに会ったがごく短時間、言葉を交わしたのみで太宰はその場を離れ、

校庭の隅で黙って運動会を見ていたという。たけ自身の証言でも多くを語ったという事実はないようだ。

それらを総合すれば、それまで綿々と「たけ」への思慕を綴っている割には、随分淡白な再会だったようだ。


作中にある、桜の木の下でたけが幼い太宰の思い出を語るようなシーンは創作の可能性が強く、彼が

心の中で欲した会話だったのかも知れない。二人の間には既に遠い時間の隔たりが在った、というのが

現実だったのだろうか。たけの隣で「生まれてはじめて心の平和を体験した」という記述もあるが、

これらの証言が真実なら、彼はここでさらに孤独を深めたようにも感じるのだが。


この再会から4年後に太宰は自ら命を絶つのだが、たけはその後長命を得た。

太宰の人格形成上重要な鍵を握る人物として、多くの研究者や、いわゆる太宰ファンが大勢彼女の許を

訪ねたらしいが、彼女は太宰についてあまり多くを語らなかったようだ。

数奇な運命に翻弄されつつも、金物屋の嫁として生涯をここ小泊で過ごし、1983年、85歳で没する。


生粋の「津軽の女」だったように思う。



津軽半島がこの先ストンと海峡に落ちるように、この紀行小説もここ小泊でぷつりと終わる。



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太宰の文章と風太郎さんのお写真とのマッチングが素晴らしく胸に染みました。
[ 2013/01/13 09:08 ] [ 編集 ]

太宰

はせがわ様

ありがとうございます。

「津軽」を最初に読んだのは高校時代なのですが、
年を重ねて分かるところもあるようですね。

写真も特にこの小説を意識して撮っていた訳では無いのですが、
気が付けば太宰の旅の跡を追うような写真が揃っていたのも幸いでした。
[ 2013/01/13 10:31 ] [ 編集 ]

小泊。

風太郎さま

此処へは足を運んだことが無く十三湖と共に是非
訪れてみたい場所なのです。

以前、冬の函館を旅行して市電で谷地頭まで出て
立待岬に行ったけど、冬の海峡を渡る風は物凄く、
切り立った岬の小径からそのまま海へさらわれるような恐怖感を
感じたものでした。

きっと竜飛崎はその数倍の風なんでしょうね!
[ 2013/01/13 10:36 ] [ 編集 ]

小泊道

狂電関人さま

国道339号線は「小泊道」とも言われているようですが、
冬は本当に凄い気候でなかなか近寄りがたいです。

竜飛崎は豪雪になると除雪からも見放されているようで、
いまだ行けていません。

小泊でも結構距離がありますが、津軽鉄道の半日を犠牲にしても
行った甲斐はあったと思います。
[ 2013/01/13 11:21 ] [ 編集 ]

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