旅のたまゆら  序の二

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   蒲原鉄道  大蒲原   1984年




小さな降車客。

初雪が真近な底冷えのする午後だったと思う。




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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2013/06/19 20:35 ] 旅のたまゆら | TB(0) | CM(6)

風太郎様

駅舎に向かうであろう お嬢さん
その小さな身体で弟らしき子を庇っています
もう このお嬢さんは 優しいお母さんになっているのでしょうね
撮影者を見る目の輝き 純真さ 感じます
防寒の支度は完全でも 心は 初雪で閉ざすことはないでしょう
[ 2013/06/19 21:24 ] [ 編集 ]

時間旅行

りらさま

こんばんは。

蒲原へは何回も通ったのですが、この子とは二度と会う事はありませんでした。

旅のたまゆら、一瞬の出会いでしかないのですが、この当時、老若男女いろいろな
人に被写体になってもらいました。

30年も前の事ですから、お年寄りの場合は今はもう、とも思いますが、
子供の場合は「その後」に想いを馳せる事はありますね。
既に故郷は離れているのかも知れませんが、跡形も無く消えてしまった鉄道や故郷の駅を、
どんな記憶に留めて今を生きているのでしょうか。

取り留めないような時間旅行をさせてくれるのも、写真撮りの幸せと思います。

りらさんも今を記録し続ける事で、そんな玉手箱を手に入れる事が出来ますヨ。
[ 2013/06/19 22:06 ] [ 編集 ]

大蒲原

風太郎さま

この駅舎は撮り甲斐がある良い駅でしたね。

野原のど真ん中にポツンと有る駅で、またそれが良かった。
[ 2013/06/19 22:06 ] [ 編集 ]

人のいる駅

狂電関人さま

大蒲原は駅舎の良さもさることながら、結構乗降客が多く、
いつ行っても人影があったのがまたいいところでした。

列車が着いても誰も乗らない誰も降りないリスクを踏んでまで
スナップを追う勇気が湧いてこないのが、
誠に寂しい最近のローカル線の現実ではあります。
[ 2013/06/19 22:30 ] [ 編集 ]

こんにちは

風太郎様のお写真は 目に見えない何かの物語が漂っているように感じていつも胸の奥がぎゅっとなります

私はヒトと視線を直接合わせるのがとても怖いというか苦手です 
でもカメラを通して一拍置いたら大丈夫ということがわかって 写真を撮ることが好きになりました 
対象に自分の思いを重ねたり 対象のその時の気持ちを勝手に思いめぐらしたり
リアルなその時に感じたものと 時間がたってから見る写真で感じたものと 両方で 
自分の心の深い部分でなにかしら活動しているのを感じます 
それは自分にとっては心地よいものだったり苦いものだったりしますが 
それを感じてるうちに だんだんヒトと視線を交わすのも平気になりました どうしてなのかはよく分からないんですが

写真っていいですね 目に見えているものを撮るだけじゃないって あらためてしみじみおもいます

女の子の視線がいいですね カメラを向けられてもぶれない強さを感じます 
私ももっとちゃんとしなくては(汗)

長々失礼いたしました
[ 2013/06/20 10:09 ] [ 編集 ]

撮る側撮られる側

Jamさま

私も本質的にシャイですから、声を掛けるにせよ掛けないにせよ人を撮るのは決して
得意ではありません。まあトシを重ねた分、図々しくはなっていると思いますが。
撮る方はあまり変わりませんが、撮られる方は大分変ったかもしれません。

この当時は大人も子供もカメラを警戒するより好奇心の方が勝っていたように見えます。
今のように「撮り鉄」が跋扈する事も無く、「こったら何もねえとこ何撮りに来た?」という
会話から始まりましたから。その分、撮る側撮られる側の壁は低かったかも。

写真はある一瞬を停めて永遠としますが、見る側はそれなりに成長なり退化なりしていきますから、
感じるものは次第に変わっていきますね。

10年経ったらまたどう思うか、楽しみでもあります。
[ 2013/06/20 23:03 ] [ 編集 ]

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