世につれ

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   筑波鉄道  常陸小田   1982年



鉄道は世につれ世は鉄道につれ、ではないが、この当時ローカル駅もそれなりに人が集まる

場所だったから、鉄道にカメラを向けることは、その時代の流行り廃りの風俗を記録すること

にもなった。

女子高生のスカートの長さも時代を映すが、この頃何故か「紙袋」が目立っていたように思う。

男女問わず革製の通学カバンをペッタンコにするのは当時のお約束で、弁当他当然入らないもの

はサブバックたる紙袋に収納したようだが、アクセサリーと化したカバンはいつしか消滅・・・・。


いや、真面目そうな子だからそれはないかとか、撮り散らしたような写真にも「ある時代」が

写っていると結構見飽きがしないものだ。


車両は国鉄払い下げの元キハ10。ここ筑波山の麓で最後のお勤め。



HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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風太郎様

どこかで見たような 女子学生です
思い出しました
母の高校時代のアルバムにあります
1982年 母が丁度高校を卒業した頃です
紙袋は 知りませんでしたが 制服と靴がよく似ています

私が生まれる以前から風太郎様は列車撮影をされていたのですね
長い間に渡る 継続 改めて感嘆しました 
[ 2013/05/27 00:29 ] [ 編集 ]

変わるもの変わらないもの

香月 りらさま

「母の高校時代のアルバム」ですかあ。複雑・・・。
風太郎の高校時代はコレがリアルでしたから・・・。

今はスカート短過ぎが問題になるようですが、
この当時は逆で、長過ぎが問題になる時代でして。

時代と共に変わるのはスカートばかりでなく、ローカル線の運命も。
この頃から各地で路線の廃止が相次ぎ、写真の鉄道も5年後には消滅しました。

「長い間に渡る継続」といっても、実は鉄道を撮っていない期間の方が長いんですよ。
変わってしまった鉄道を撮るのがイヤになり、変化が極めてゆっくりな自然風景に
転向したのですが、変化しないものって実は退屈な事にも気づきまして。

そんなこんなで、いくつになっても惑いの渦中におります。
[ 2013/05/27 01:21 ] [ 編集 ]

制服

風太郎さま

ごくごくありきたりな公立校の制服ですね。
コインローファーに白いハイソックス。それにちょっと
マニッシュなヘアスタイル。地元の進学校かな。
セーラー服とこの紺ブレとスカートは当時の定番でしたね。
紙袋の謎は電関人には解説できずです。
筑波にキハ10も居たんだ!!
[ 2013/05/27 21:16 ] [ 編集 ]

これぞ歴史

こんばんは!

かれこれ31年前の写真ですか。
何気ないスナップは、当時のファッションやら車やら家屋などなど今となっては時代を写す貴重な1枚になりますね。

列車のみならずいろんな写真を撮っておくと後年、楽しみになるんですね。

キハ10?キハ20なら何となく記憶にありますが10系列はピンとこないです。

ちなみにスカートは短い方が・・・(爆)
[ 2013/05/27 23:32 ] [ 編集 ]

こんにちは

スカート丈と上着の丈と ソックスと 髪の毛の長さと・・・優良ですね(^^) 
ちゃんと着るとちゃんと制服は美しいものです

私の頃も・・・スカート丈はマキシほどに長いのがイカしたティーンの証でした 
私はそうすることの必要性が感じられなくて 普通丈のまま加工せず全然イカしてなかったです
おかげで変人扱いまでされました(^^;)

みんなと同じということに安心し みんなと同じが嫌で仕方なかったり 
今は「みんな」を基準にすることは全然ないと普通に思うんですが・・・少し大人になった証拠でしょう

汽車通 なつかしいです なじみの車両は空気のようなものでした
もう二度と戻れないし戻ろうとも思いませんが
荷物を両肩に過積載にしてホームに立つ息子を見てたら あのころの一所懸命さがうらやましく思えます 







[ 2013/05/27 23:32 ] [ 編集 ]

キハ10

狂電関人さま

いろいろ詳しいですね・・・。

しかしどう見ても地味なデザインですね。
今のコならメッチャ嫌がりそう。

あまり制服に拘ると怪しいブログになるのでキハ10。

「私鉄の車両 関東鉄道」というアンチョコ本が手許にありまして、
車両に疎い風太郎も自信満々なのです。

最後は八王子機関区とありますから相模線か八高線出身でしょうか。
キハ10は相模線のイメージが強いですね。
[ 2013/05/27 23:57 ] [ 編集 ]

後年の楽しみ

heppさま

昔は撮るのに忙しく、モノクロで撮っても引き伸ばしなどする暇も無くて、
ネガのまま放置していました。

鑑賞は後年の楽しみとしていたのですが、やっぱり忙しい事に変わりなく、
デジタルの力も借りてようやく日の目を見たのはつい最近、というのもあります。
それだけに懐かしい写真を発掘すると、ひと際嬉しいものですね。

10系は高度成長期の酷使がたたって、末期はボロボロ、
ババを掴まされた地方私鉄も多かったように聞きますが、
この車両は筑波鉄道の終焉まで頑張っていたような。
東の気動車王国、伝統の修車技術の為せる技でしょうか。
[ 2013/05/28 00:08 ] [ 編集 ]

汽車通

Jamさま

女のコは周囲と違う事をするのがなかなか窮屈で可哀想に見える事が多いですが、
我が道を通したのは天晴です。

制服だってそのコの個性にあった着こなしというのはあると思うんですがね。
何故かくもひとつのパターンに固まるのでしょう。不思議。

汽車通の想い出も、その鉄道が今もあるなら空気みたいなものですが、
成長したホームの子が、失われた鉄道をどんな形で記憶に残し、
今を生きているのか、「その後」に想いを馳せたりもします。
[ 2013/05/28 00:21 ] [ 編集 ]

誤解されないように。

風太郎さま

変な趣味があると閲覧の皆様に怪訝な顔されそうなので、

電関人は、県立共学高校出身でまさにこの制服の
採用校でしたからですよ!
[ 2013/05/28 07:27 ] [ 編集 ]

青春のおもひで

狂電関人さま

ははは。分かってますよ。青春のおもひでという事で。

風太郎はむさ苦しい男子校だったのでちょっと羨ましいです。

そういえば音威子府の村立高校も似たような服でしたっけ。

やっぱローカル、と思ったもの。
[ 2013/05/28 22:34 ] [ 編集 ]

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