夜明けの幌延駅

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宗谷本線  幌延   1981年



最近でこそ「卒業旅行は海外」は珍しくもないが、風太郎の学生時代は円・ドルレートが250円だった頃。

レートだけ見ても「海外」は2倍以上遠く、それでも飛び出した少数の国際派を別にすれば、当時の学生の

憧れの旅先は「北海道」だったと思う。

全盛期の松山千春の北海道ソングもご当地の観光振興に大いに貢献したに違いない。

夏休み中の北海道の主要駅の軒先は自転車旅行の野宿者でどこも溢れ返っていたし、若いバイト風の客引きに

うっかりついて行くと、とんでもない「レクリエーション」が待っている狂乱の若者専用宿に連れ込まれた。


長距離夜行列車もそんな若者で溢れていて、「利尻」など超満員、商売っ気の無い国鉄もさすがに臨時夜行

「利尻51号」をDCで仕立てたが、これも満員で床に新聞を敷いて寝る始末、トイレに行くのも人の頭を踏ん

づけないよう難儀した。


写真は夜明けを迎えた幌延駅。時刻はAM4時過ぎ。

ここで10分程停車するので、外の空気を吸いがてら朝焼けと共に撮ったのだろうと思う。

苦行のような一夜がようやく終わりに近づき、茫漠としたサロベツ原野を初めて目の当たりにした高揚感も

伝わってくる。


下車してかっちり撮った写真より、こういった何気ないスナップの方が、デキはともかく最近ではむしろ

懐かしい。




HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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はじめまして

はじめまして。
広島の山岡山と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。

実は以前からちょくちょく拝見させていただいておりました。m(_ _)m

この度の御写真もそうですが、良い時代に鉄道の旅をされておられ、大変羨ましく思います(私は大阪万博の翌年生まれですので、私の方が世代的にひとまわり程下ではないかと推察いたしますが...。)。

世代的には少し後になりますが、この度の御写真を見て、私が中学1年の夏休みに、友達と2人で初めて青春18切符を使い、大垣夜行で上京した時のことを思い出しました。

夏休みで満員の大垣夜行(当時は165系電車)も通路までギッシリの状態で、とても過酷ではありましたが、東京で下車した時のなんとも言えない解放感は、今でもはっきりと覚えております(睡眠不足から、ラッシュの山手線で立ったまま居眠りしたことも...。)。


快適な旅が普通になってしまった今では、本当に隔世の感がありますね。

快適な旅も良いですが(特に家族連れとかになると...)、印象深さという点では、当時の旅の方が良かったような気がします。
[ 2013/08/18 23:27 ] [ 編集 ]

初めまして

山岡山 さま

初めまして。ご訪問ありがとうございます。

確か以前rrrazurrrさんのブログをよく訪問されていた方かと。
三江線を始め、山陽山陰の印象的なお写真を撮られる方と存じておりました。

確かにこの当時は貧乏旅行故なのですが、いろいろ苦しかったですね。
でも写真でしか見た事の無い風景を見、時刻表で想像するだけだった駅に降り立つ日々は、
例え寝床が満員列車でも、駅のベンチでも、毎日ワクワクし通しだったような気がします。
そんな旅路に耐えられる体力と、若者に対する社会の許容ゆえなのですが。

お察しの通り、ことのほか「北指向」が強く、中国地方は山陰本線や一畑、同和片上程度しか行っておらず、
ご紹介する程の写真にも乏しいのですが、山陰本線など、またゆっくり回ってみたいなあ、と思っております。
山岡山 さんの山陰の海の写真には感動してしまいます。あの透明感ですよね。

こちらからも訪問させてい頂きます。今後共よろしくお願いいたします。




[ 2013/08/19 00:17 ] [ 編集 ]

同感です。

ところが、
私の場合、そんなスナップはあまり撮っていないのですよ。
駅で撮っていても、特急の通過を「列車写真」に収めたりしてますもので。

8319Dには良く乗りました。317に南稚内へ30分程先行するので、急げば何とかそれを原野で撮れました。
70年代には、室内灯消灯で運転してましたが、これは点灯していますね。
80年10月改正の時刻で、幌延着は4時11分、発車は同31分となっています。
[ 2013/08/19 02:06 ] [ 編集 ]

風太郎様

風太郎様のお写真を拝見するようになってから
感じたことは これほど 青春時代
旅を多くした方は 稀ではないかということです
現代のように 輸送設備がよいわけではありません
宿泊施設も限られていたでしょう
観光案内も乏しかったと思われます
それだからこその 貴重な楽しい思い出も多いのでしょうね

何より 私が驚くことはその旅の折のお写真の
保管を大事にされていたことです

今回のお写真もフイルムカメラでの撮影となると思います
現像もご自宅でご自分でされていたかと思います
膨大なフイルムの保管 整理はどのようにされていたのでしょうか
現在はパソコンにそれを とり込まれたいるのでしょうか
お手数ですが お時間ある時教えて下さい
[ 2013/08/19 06:35 ] [ 編集 ]

同感です。

風太郎さま

こういう写真は、当時何気なくとっていて今まであまり気にしなかった、
そんなカットが多いですが、
力が適度にぬけてむしろ味のあるカットだと最近
思い直したカットが多いですね。
[ 2013/08/19 07:14 ] [ 編集 ]

8319D

Wonder+Graphicsさま

そうですか。やっばり後から追って来る「利尻」を狙いましたか。

実はこの8319Dを豊富で降りて、50分後位に追って来る「利尻」を撮るべく、
北海道らしいシーナリーを探して町外れまで歩いたのです。
まったく土地勘も無く時間切れで情けない写真が残っています。

この時携帯していた道内時刻表1981年6月号では幌延着発は4:08-4:18になっていますね。
臨時列車故、直前で変わったりするのでは。

夏の北海道、兜沼あたりでは8319Dもコダクロームで楽勝でしたね。
[ 2013/08/19 21:37 ] [ 編集 ]

人生の夏休み

りらさま

いやあ、もっと遊んでた人もいたのでは(^^;

まあ、年間50~60日は旅に生きていましたねえ。
一応、学業もあるし、軍資金稼ぎのバイト期間も必要だしでそんなところ。
うまく立ち回ればもっと行けたかも、と後悔しているのは贅沢ですかねえ。
でも生涯記憶に残るような「人生の夏休み」だったことは確かです。

ほとんどはネガの状態で保管しているので、それほど嵩張るものでは無いですが、
1980年代に撮っただけで10,000カット以上はありますから、少なくはないですねえ。

2年以上かけてめぼしいカットはスキャンしてデジタルデータ化しています。
PCの他にポータブルHDに入れて「非常持ち出し袋」にしまっていますよ。
大切な宝物ですから。
[ 2013/08/19 21:53 ] [ 編集 ]

心の在りよう

狂電関人さま

下車して撮った写真は何となく「撮らされた」感があるのですが、
スナップで撮った写真には、その時感じた暑い寒いや、疲れやワクワク感など、
心の在りようが撮った写真のような気がして、愛おしいのではと思っています。
[ 2013/08/19 22:02 ] [ 編集 ]

こんばんは。
風太郎さんの写真は、若い頃の人生そのものですね。
私ももっと旅をしておけばよかった…と今になって思います。
ある程度の年齢になると、手かせ足かせが増えて、家庭でも社会でもそれなりの責任も出来て自分のの思うように生きられないところがあります。
でも、それが嫌なわけではなく、それもまた人生の旅の1つなのでしょうね。
人生の終わりまでにはもう少し時間がありそうなので、これからゆっくり行きたいところ、行けるところをカメラと共に訪ねてみたいと思います。

[ 2013/08/19 23:08 ] [ 編集 ]

自分と向かい合う旅

おぼろ さま

何かに憑りつかれたように東へ西へ流れ流れていましたね。
大抵ひとり旅でしたから、道連れが居ない代わりに旅先での見知らぬ人との出会いもあれば、
都会暮らしでは想像もつかないような場所にも人の営みがある事に心動かされました。
長い夜行列車の旅は、自分自身と静かに向かい合う時間でもあったように思います。

おっしゃる通り、ごく普通の大人に落ち着いた今も、旅の途中なのかもしれませんね。

これまで背負ってきたものも少しづつ軽くなるかと思えるこの頃、
また自分と向かい合うような旅をしたいなあと念じています。

写真はいいですよ。ある一瞬を永遠にすると共に、その時の心をも写してくれます。
写真との出会いを大切に、良き旅を!




[ 2013/08/19 23:54 ] [ 編集 ]

床に新聞

こんばんは!

国鉄時代なら345M大垣夜行か中央本線夜行、JR化後なら快速「ミッドナイト」では新聞紙のお世話になりました。
空いてる時ならボックスの座席シートを並べて寝台にしたりもしました。
昔はいい時代でした。
快速「ミッドナイト」なんて増結車両は床が板張りのキハ56なんかも乗れたりして、今となってはある意味贅沢な旅でした。

途中駅のバカ停も夜行列車の醍醐味で楽しい時間でした。

しかし、こういうシーンもよく記録してましたねぇ。
[ 2013/08/22 00:16 ] [ 編集 ]

旅のプロセス

heppさま

うーん。昔の旅はいい思い出ばかりのようで、「床に新聞」はさすがに厳しい思い出ですねえ。
昼間は炎天下をトボトボ駅間歩き・撮影で、夜には床に新聞では、いかに当時の若さがあったとはいえ、さすがに音を上げました。

ただ、今のように飛行機・新幹線・車で撮影地までスイッと行ってパチリのようなことをしていると、
東京→稚内にまる48時間かけたあの頃の長い旅のプロセスが愛おしくもなります。

遥けくも来つるものかな、と。
[ 2013/08/22 21:15 ] [ 編集 ]

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