記憶の色

nanatanifuyuhome11983b.jpg
  蒲原鉄道  七谷  1983年



暮れなずむ七谷。

上下の列車から家路を急ぐ人々が吐き出され、長靴の音が響く。厚い雪雲の下。


白熱灯がともる七谷駅は是非カラーで残したいところだけれど、人を入れるには感度不足。

高感度のポジフィルムや増感現像は、繊細なコダクロームに慣れた目からは何か異質に

思えたし、結局やや不本意ながら、トライXのモノクロ撮りに落ち着くのだった。

でもそこは通いなれた駅と季節。色は「脳内レタッチ」されて、カラー写真以上に瞼に蘇る。


ホームを染める橙色、蒼黒い雲、雪国の服装は、時にはっとする色使いだった。




HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2013/06/12 20:24 ] 昔の旅 蒲原鉄道 | TB(0) | CM(8)

今晩は

蒲原鉄道 
「かんばらてつどう」と読むのですね

新潟県加茂市の加茂駅から中蒲原郡村松町(現・五泉市)を経由して
五泉市の五泉駅までを結んでいた鉄道路線
1999年(平成11年)10月に全線が廃止された

存知ませんでしたので調べさせて頂きました

七谷駅にいる女性の服装
雪がある景観
ワンマン列車の中の灯り
全てが映画の映像美のごとく感じます
また一つの物語が生まれました
有難う




[ 2013/06/12 20:59 ] [ 編集 ]

記憶の色

風太郎さま

かえって、モノクロで撮ったことによってその再現される
記憶の色は、色鮮やかなことでしょう。

場合によってモノクロはからより遥かに饒舌だったりするので、

電関人も、どちらかというとモノクロが好きです。
[ 2013/06/12 21:16 ] [ 編集 ]

蒲原鉄道の思い出

香月 りらさま

蒲原鉄道は全線廃止の前に部分廃止になっていて、この写真の風景は1985年に消えました。

随分と長い時が流れたものです。

しかし一枚の写真を手に取ると、「あの時」の寒さやレールの響き、
そして鮮やかな色まで昨日の事のように蘇ります。

失われた風景は帰って来ませんが、そんな追体験をさせてくれる写真を趣味とした幸せを
感じる時でもあります。

宣伝ですが、リンクしているHPにて、在りし日の蒲原鉄道をご覧いただけます。
[ 2013/06/12 21:38 ] [ 編集 ]

モノクローム

狂電関人さま

贅沢な風太郎は、やっぱり今のデジタル一眼を抱えてこの場に戻りたい衝動を抑えられません。

感度に泣いてカラーを諦めた写真は多々ありますので・・・。

でも白と黒に単純化された情報の方が、心のより深層まで染み込んでいく力があるのかも知れませんね。
[ 2013/06/12 21:47 ] [ 編集 ]

モノクロの表現力

私もそのときはカラーを使いたい、と思いつつ
種々の制約から(費用も)モノクロにした経験が
あります(それも数々)。
ただ、今見直すとモノクロの表現力ってけっこう
すごいものがあります。この画でも、黄昏の空、
車内灯と尾灯などがカラー表現したいところ?と
想像しますが、降車した女性乗客と乗務員氏の
表現はきっちりされていると思います。
[ 2013/06/13 13:20 ] [ 編集 ]

モノクロの世界

マイオさま

カラーポジの限界は感度だけでは無くて、極端に硬い調子はこの写真の列車の内外等、
露出差が大きい絵では厳しいですよね。
多分、明るい蛍光灯の車内は白く飛んでしまって意外につまらなかったかも知れません。

トーンの繋がりをきちんと再現出来るのは、やはりモノクロの世界ですね。
[ 2013/06/14 00:05 ] [ 編集 ]

フラッシュバック

風太郎さま、こんばんは。

前回の磐西詣での時、蒲原鉄道の廃線跡を辿って車を走らせてきました。
何とはなしに「ここに線路があったのかな」なんていう築堤もまだ結構あり、
朝霧に煙るこの土地に「素敵な鉄道があったんだな」って感傷的になったりして・・・

またその時、風太郎様のお写真がフラッシュバックの様に流れたりもしました。
そして今日また、新しい一枚が私の脳裏に焼き付けられました。
[ 2013/06/14 23:05 ] [ 編集 ]

廃線跡

いぬばしり さま

そうですか、行かれましたか廃線跡。
私は1985年の部分廃止後は何か空しい気がしてこの土地を踏むことは無かったのですが、
6年位前に行きました。はっきり言って痕跡は驚くほど残っています。
特に最大の遺構はこの七谷駅跡で、駅舎は集会場として残り、
草に埋もれていますがホームも残っていて、写真に写っている階段を登ればもう涙。

しばしのセンチメンタルジャーニーでした。
[ 2013/06/14 23:37 ] [ 編集 ]

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