南大夕張

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   三菱石炭鉱業鉄道線  南大夕張  1984年




ガン見のお姉さん達にはややたじろぐが、この当時の人はカメラを警戒するというより好奇心

の方が勝っていたように思う。この日低気圧の襲来か、しばれは厳しく猛吹雪で、雪まみれの

酔狂な流れ者を穴の開くほど観察したかったのであろう。

炭鉱鉄道の小さな駅舎は高台にあり、ここから階段を下ったところにホームと、石炭ホッパー

から伸びる広大なヤードが広がっていた。


南大夕張は脈々たる歴史を重ねた炭都夕張の、最後の採炭地となった場所である。

産業としての斜陽は疑いなかったにせよ、採掘実績や採算性は決して悪い訳では無く、当時の

南大夕張は、想像以上に産業都市としての活気に満ちた町だった。炭鉱関係者の子弟である若

者は次々と列車から吐き出され、石炭を満載した長大なセキの群れは轟音を上げて行き来した。


夕張の現在を思う時、あの吹雪の中の町は何かの幻だったかのように感じる事がある。


三菱石炭鉱業鉄道線訪問記はHPに詳しく。

HPはこちら



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大夕張

風太郎さま

3軸客車が気にはなったもののこのDD13タイプの機関車が
興ざめで、しかも渡道が夏だったのも手伝ってパスしたっきり
結局未踏のまま終わってしまいました(懺)
[ 2013/07/04 23:05 ] [ 編集 ]

炭鉱鉄道の匂い

狂電関人さま

明治のボールドウィンや9600が煙を上げた大夕張鉄道の素晴らしさは昔日となり、
南大夕張で途切れてしまった鉄道でしたが、炭鉱鉄道の匂いにわずかでも触れられたのは
幸せと思うべきでしょうね。

DD13の牽引力は9600の半分も無かったのではと思いますが、
長大なセキを引くのにはちょっとびっくり。平坦だったのでしょうね。この区間は。
[ 2013/07/04 23:28 ] [ 編集 ]

ダルマストーブ

こんばんは。

この短区間に切られてしまった鉄道への
冬を選んでの訪問とは、
実のねらいは ↑ ですね。
[ 2013/07/05 02:26 ] [ 編集 ]

風太郎様

南大夕張駅の造りは質素でも
二人の若さに満ちた女性が 当時の街の
反映を語っているかのようです

機関車の活躍が期待された頃
豪雪の中にあっても その存在は顕著です
[ 2013/07/05 05:32 ] [ 編集 ]

一枚目のカット、

いいですね〜♪
80年代の大らかさを感じさせてくれます。
駅名標の墨跡とともに佳き時代を表してくれています。
[ 2013/07/05 22:16 ] [ 編集 ]

明治の客車

Wonder+Graphics さま

ダルマストーブ自体は津軽鉄道で見慣れていたので、やはり「明治の客車」でしょうか。
外装こそ鋼体化されて全く変わっていたものの、内装は明治のままの雰囲気でしたから。

Wonder+Graphics さんはシューパロ湖畔を行く「大夕張鉄道」も撮られているのでしょうね。

羨ましいです。
[ 2013/07/05 23:24 ] [ 編集 ]

こんばんは。
目のあたりギリギリの前髪に時代を感じますね。
ふわふわした雪が、彼女らの吐く白い息にも見えるし、当時の南大夕張の息遣いが聞こえるようでもあります。
[ 2013/07/05 23:29 ] [ 編集 ]

ヤマの賑わい

りらさま

若い人は驚くほど多かったですよ。
またヤマの仕事は高収入ながら常に命の危険に晒されていることもあってか、
宵越しの金は持たないような、荒っぽく猥雑な賑わいもあったのではないでしょうか。

その後夕張の自滅を呼んだ無謀な乱開発も、そんな気風と無関係では無かったように思います。
[ 2013/07/05 23:36 ] [ 編集 ]

夕張の高校生

32Countさま

これでも大らかですかー。まあちょっと納得しますが。
女子高生だと思いますが、長ーいスカートだけあって胆力がありますな。
これならリーゼント男子の向こうを張れるでしょう!
[ 2013/07/05 23:47 ] [ 編集 ]

聖子ちゃんカット

いろもりカラスさま

女性の髪形はよく分かりませんが、前髪の長さや全体を見るに、
当時大流行した「聖子ちゃんカット」ではないかと思われます。

この写真の僅か一年後の炭鉱爆発・閉山以降、若い人はあっという間に姿を消したと言います。

彼女たちの「その後」も気になります。
[ 2013/07/05 23:57 ] [ 編集 ]

ザ・リリーズ

夕張出身の双子姉妹のアイドルがいましたね。
(別に過去形で呼ぶ必要はないかな・・・)
1枚目の画は一瞬ほーふつさせてくれます。
しかし風太郎さん、勇気ありますね。
私は当時、知らない若い女性にレンズ向ける
なんて行為、できなかったなぁ。
[ 2013/07/06 13:29 ] [ 編集 ]

1980年代

マイオ さま

リリーズですかあ、そんなグループが居たなあというだけでよく思い出せないのでwikiで調べたところ、
清水沢駅前の電器屋の娘との事。そういやありましたよ、電器屋。日立の系列店ではなかったかと。
どうでもいいような話ですが、あの当時ニッポンの片隅からアイドルを目指した子供のような少女が
居たんだなあとちょっと感慨深いです。

聖子ちゃんカットも調べれば、本家松田聖子が1982年の「赤いスイートピー」でバッサリとショートカットにして終焉したとか。
一枚の写真からオヤジ達に「あの頃」の感傷に浸っていただきたい、というのが拙ブログの願いでもあります
ので、話題が鉄道と離れるのも楽しいですね。

人撮りに関してはまあ図々しかっったと言うところですが、瞬撮のテクニックはあったかも。

無論「男子」は怖いので、写真はおろか目も合わせないようにしていましたが。



[ 2013/07/06 15:05 ] [ 編集 ]

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