「風立ちぬ」を見る

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遅まきながら、話題の宮崎アニメ「風立ちぬ」を見る。


稀代の飛行機オタク、宮崎駿に付き合わされてしまったな、というのが正直な印象。

戦時中、戦闘機の設計を生業とする男の話。いやそんな生易しいものではなく、男の愛と夢と絶望とロマンを

全てヒコーキに捧げた人物が主人公である。


風太郎は大戦中のペラ機なんぞに実は一家言あるので言う資格はあると思うが、飛行機の性能の良さとその

美しさは明らかに正比例しているものだ。機械としてまだ原始的な色が濃かったこの当時の飛行機は、とにかく

空力的質量的な無駄を削ぎ落とす事が高性能への道で、強度的な問題を解決しつつそれを実現出来た機体は、

設計者の意図の有無に関わらず流麗なフォルムを纏うことになる。感性が生む美ではなく、徹底した合理性と

精緻な論理性がもたらす美。数学者が完璧な数式に美しいと呟くのと相通ずるところもあるかもしれない。


主人公はサバの小骨のカーブを翼断面に例えたりして、もう偏執的な「論理性の美」を求める。美をとことん

追及し切った先には完璧な殺人マシーンが現れるのだが、主人公はその問題に対する悩みはほとんど無い。

これは批判では無く、むしろ良かったと思う。クヨクヨ悩むような姿を見せて安手の免罪符を与えるよりも、

死を前にした妻の手を握りつつ、清々しく殺人マシーンの図面を引き続ける男の背中で、人間の情熱は必ず

しも論理に裏付けられたものではない事をあっさりと言ってのけた気がするのは、むしろ心地良い程。

飛行機設計の緻密を極めた論理性の世界と、あまり論理的でなく、時に食えない「男のロマン」という奴を

見事に対比して見せた、といったら宮崎氏の意図とは外れるだろうか。


「絵」はやっぱり凄い。「ドイツ工業技術の塊」たるユンカースには圧倒された。あの重みは実写でも精巧

なCGでも再現できない、手書きアニメーションの底力といったところ。


恋物語は普通にイイ話とは思うし、ラストに泣きそうになったのも事実だが、もはや宗教的とも言えるヒコーキ

の美に対する崇拝の前には、人間サマの恋物語程度では色をなさない気がする。まあヒコーキ崇拝の話だけでは

興業以前に身もフタも無いというか、特に対女性には絶望的だろうから、付け加えてみたと言ったらこの映画で

本当に泣いた人に怒られるかなあ。



下の写真は、南太平洋マリアナ諸島上空。

堀越二郎の零式艦上戦闘機が60年前にリアルな死闘を繰り広げた、その空と海である。




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HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2013/08/25 19:13 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(6)

風太郎様

「風立ちぬ」鑑賞されのですね
私もブログに書いたように鑑賞しまいた
そのお話に関連して 空のお写真アップですね



南太平洋マリアナ諸島上空。
堀越二郎の零式艦上戦闘機が60年前にリアルな死闘を繰り広げた
その空と海である。

びっくりしました
飛行機の中からの撮影ですよね?
この地にご旅行された時のお写真でしょうか

一枚目 飛行機の中からのお写真ですよね
撮影地は どこでしょうか

「風立ちぬ」のパンフレット購入して読みました
その多くの説明より風太郎様の記事の方が納得出来ます

二枚のお写真
写真の中にはなくとも
充分 飛行機を思い浮かべます

タイトルに相応しい 企画構成 素晴らしいです
映画のアニメより 感動しました

[ 2013/08/25 20:02 ] [ 編集 ]

戦場の空

りら さま

劇中、乱発される「美しい」のセリフと軍用機のイメージはどうにも理解しづらいかと思いました。
身近な道具でも虚飾を排して機能に徹したシンプルなデザインは美しいです。
それはどんな世界にも通じるものかと。
まあ永遠の男の子がやはり男の子の為に作った映画のように思いました。

上の写真は北海道に向かう機中、東北地方の上空かと思います。一応、「ひこうき雲」も見えます。
下の写真はサイパンとグァムの真ん中に浮かぶロタ島から東京に向かう機中です。
サイパンから東京といえば、かつてB29が空襲のため往復した同じ道で、
片道2400㎞、往復10時間以上を要したといいますし、
サイパンが陥落するまでは壮絶な空の攻防があったものと思います。

紺碧の海原に浮かぶスコール雲には虹も架かり、戦場の空とするにはあまりに美しい光景に息を飲みました。
[ 2013/08/25 22:39 ] [ 編集 ]

こんばんは

私も『風立ちぬ』、公開翌日に観ました。

私は観終わった後、純粋に良い映画だなと思いました。今回は大人向けな感じでしたけどね。
一緒に行った小2の娘は明らかに退屈しつつもユーミンの歌だけは覚えて帰り、小5の息子は、軽井沢へ向かうシーンで、実物の10000型が出てきたことに感動しておりました。

今回も綺麗な絵が随所に散りばめられていて、また、震災が起こった時の描写や、昭和初期の街並、横軽や草軽ホテルなど、細部にわたるリアルさは流石に凄いなと思いました。

話の方は、夢を追いかける少年のような二郎の姿と、菜穂子の儚さみたいなものがうまくブレンドされてて、それがとても良い雰囲気を出してるかなと。
飛行機の話など、わかりにくさは否めない気がしましたが...。

今回の菜穂子もそうでしたが、宮崎駿の描く女性って、みんなどこか似てますよね。
ちょっと控えめなんだけど、なんか芯がとても強い感じで。でも、これってきっと、男性が描く理想の女性像なんだろうなぁと(現実は違うと思っているのは私だけではないはずです。)。
[ 2013/08/26 00:09 ] [ 編集 ]

夢とロマン

山岡山さま

こんばんは。公開翌日ですか。さぞや混んだのでは。
坂の上の雲のような開発物語も、ラブストーリーもそれぞれにいい話と思うのですが、
宮崎駿が本当に執着して描きたかったのは、やっぱりヒコーキ野郎の夢とロマンだったのではと思いました。
それならそれで突き抜けてしまった方がより面白かったか、と思った次第です。

絵は本当に緻密で素晴らしかったですね。8620や9600、アプト機関車まで、
普通ならただの汽車ポッポで済ましてしまう所を精緻に考証するあたり、
やっぱり重々しいメカが宮崎好みなのでしょうね。

女性に関しては・・・おっしゃる通りです。男が身勝手なまでに理想化した女性たちですね。
[ 2013/08/26 00:34 ] [ 編集 ]

はじめてコメントします

美には機序があるということを納得します。

複雑系のメカニズムも、効率とかスムーズといった観点で性能を向上させ安定化を図ると、いつの間にか(?)美しいものとなっているようです。
よく言われる、植物の種の螺旋配列数がフィボナッチ数になっているということにも通じますね。
フィボナッチ数列は、nが大きいと公比が黄金比の等比数列に収束するので、フィボナッチ数列と黄金比は、数関係性においてほとんど同じものであると思われます。
つまり、高性能なものは美しいというのは事実であるということですね。

それから、風太郎さんがちょっと引っ掛かってすぐ反転させた、美の先にある殺人マシーンという視点。この物語では「そんな野暮なことは言いっこナシよ」でも良いのかもしれませんが、私はやはり、どこかにひとつその野暮な視点をじょうずに配置することが、必要でもあり、腕の見せ所でもあったと思います(特に八月封切りの映画としては)が、いかがでしょう。
[ 2013/08/27 18:45 ] [ 編集 ]

コメントありがとうございます

藁犬さま

書き散らしたような駄文にコメントいただき、有難うございます。
純文系の私としてはコメントの前半は???となってしまいましたが、
なるほど、自然の摂理は普遍の美に繋がっているのですね。

実は昨夜、NHKの「プロフェッショナル」という番組でこの映画の制作を舞台にした
宮崎さんのドキュメンタリーが放送されており、タイミング良すぎ(悪すぎ)と思いつつ、
ドキドキしながら見てしまいました。

「戦争の道具を作った人間が物語になるのか」という問いは、まさに作者の最大の葛藤だったようですね。
作者の答えは、「それしか作れない環境から逃げられない人間の、それでも生き抜く姿を描く」という事だったようです。

半分分かったような、分からないような。
それならば、主人公にもっと葛藤と克服のプロセスがあったはずで、それにもっと尺を割かなければならなかったのでは、と。

でも老境に達した宮崎さんが、安易なヒコーキファンタジーとせず、敢えて厳しいテーマと闘った日々には感ずるところがありました。

様々な意見が分かれるのも、秀作の証しなのかも知れません。ひょっとしたら宮崎さんの術中に嵌まりましたねえ。

[ 2013/08/27 23:41 ] [ 編集 ]

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