発車時刻

ginzan5198402b.jpg
   函館本線  銀山   1984年



交換の客レも到着して、鉄道時計を睨む駅員氏。間もなく口に咥えた手笛から発車の合図が響くのだろう。

豪雪の山峡に抱かれたこの駅は既に無人化されていたのだけれど、冬季だけは駅員が詰めていたと聞く。


例によって風太郎は撮影時に一切記録を取らないので、これが何時発なのかも分からなくなっていたのだが、

古い時刻表を「解析」すれば、3559D、倶知安発札幌行きに違いない。発車時刻は12時29分。


ふむ、駅前のささやかな集落に昼食用のパンを買いに行った記憶も、ちょっと蘇える。




HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

Copyright(C)2011  FUTARO1980. All rights reserved


「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります!
 ↓
にほんブログ村 鉄道ブログ ローカル線へ
にほんブログ村


スポンサーサイト

急行らいでん の後身

こんばんは。

84年2月1日改正から間もない頃ですね。
3559Dは、改正前までの急行<らいでん>でした。
車両運用は、そのまま横滑りなのでキハ26/27の急行形。
急行当時に銀山は通過でしたから、ここでの利用チャンスは増えた訳です。
交換の客レは、128列車。荷物車2両に旅客車4両の編成だったはず。
この頃の銀山は、旅客フロントを廃止して乗車券販売を駅前の商店に委託していましたが、
通票閉塞扱いを要して運転要員は残されていました。
だから、待合室には変わらずストーブが焚かれて暖かかった。
[ 2013/09/04 23:55 ] [ 編集 ]

銀山

Wonder+Graphics さま

いつもながらの博学、恐れ入ります。
別カットに写る交換列車の後尾はスハフ44と思われ、確かに4両編成位に見えます。

車両や優等列車に特別な興味が無かったこともあって、「来たもんを撮る」のいい加減さでした。
でも逆に言えば何が来ても絵になった、という事かもしれません。

ホームには大きな雪ダルマが作ってあった記憶も。
さすがに閉塞扱いだけでは時間を持て余したのでしょうか。
小さな集落の「今」も知りたいものです。

もちろんここから登りましたよ。
大した写真になっていませんが、それはそのうちに。
[ 2013/09/05 00:20 ] [ 編集 ]

風太郎様

私が何故風太郎のお写真に魅かれるのか・・・
それは 今回のお写真にて顕著です
私は 列車写真は好きです
新幹線写真 ローカル線写真 駅写真も好きです

風太郎のお写真の個性にある
その視線です
今回のお写真も駅員の方が手に持つ
時計に目を向けている その姿に
心を寄せて撮影されています
日常的に繰り返されること
その大事な勤務の第一は安全であり
それは 正確な時間と直結しています
その業務を 長い年月 継続されていたであろう人
その姿から間もなく
駅員の方が発車の合図である手笛を吹くであろう
ことまでを 予想させるお写真
一枚の写真が 新たなる光景なる 二枚目の
お写真をも 表現しているかと感じます 
[ 2013/09/05 06:39 ] [ 編集 ]

銀山

風太郎さま

あの、行きたくとも軍資金がなく断念した北の大地の
雪中行軍合宿。
キハの窓に映るのは誰かな・・・!?
[ 2013/09/05 07:14 ] [ 編集 ]

タブレット閉塞

80年代初頭くらいまでは「本線」とは言え、タブレット閉塞が行われていた函館山線。
駅員配置で待合室にも温もりがありました。
その後、CTC化で無人化され、寂しくなりました。
駅員さんが海中時計で時刻を確認するシーン、
いいですね♪
今ではもう見られなくなりました。
[ 2013/09/05 08:37 ] [ 編集 ]

写りこみ?

キハ運転台の前面ガラスに反射する人物らしき
写り込み。
風太郎さんは望遠で切り取りですから、こんな
近くにはいないでしょう。あるいはお仲間?
後方に懐かしき通票受けが見えますね。
すでに対向列車は去っていて、駅長さんは
発車の笛を吹く態勢に入っていますね。
[ 2013/09/05 11:15 ] [ 編集 ]

愚直なまでの

りらさま

有難うございます。いつも写真の意図を汲んでいただいて感激です。

鉄道員の動作は一種の「型」があるので、先回りして動作を追う事も出来るのですが、
一心に時計を睨むのは、発車時刻を秒まで合わせようとしているのかと思います。
山奥の駅で、都会のように一刻を争うようなリズムが流れている訳では無いのですが、
その動作の中に実直な鉄道の伝統が生きているようです。
当時の国鉄は不合理の塊のように非難されていたのですが、
鉄道員一人ひとりと接すると、愚直なまでの真面目さや優しさを感じる事は多かったです。
[ 2013/09/05 23:10 ] [ 編集 ]

雪中合宿

狂電関人さま

やっぱり気づきましたか。
はっきり言って撮影会状態です。(^^;
良く見るとどの写真にも「影」が・・・。
6人居ましたが、毛糸の帽子と記念写真を照合すると、ここに居るのが一番意外な人です。
分かるかなあ~。
[ 2013/09/05 23:18 ] [ 編集 ]

人間の臭い

32Count さま

誰も見ていないのに直立不動で列車を迎え、送り出す、駅員の姿はある意味最も人間臭い鉄道風景でしたね。

小道具の懐中時計も忘れちゃいけません。アレはいつ頃から使われなくなったんでしょうかねえ。
[ 2013/09/05 23:24 ] [ 編集 ]

卒業祭り

マイオさま

お仲間です。いつもは単独行が基本の風太郎ですが、
この時は大学卒業直前で、卒業祭りとして鉄研の連中と行ったのです。
前夜は倶知安のオンボロ駅前旅館に皆と泊まりました。
単独行とはまた異なる思い出づくりが出来ました。
[ 2013/09/05 23:30 ] [ 編集 ]

写りこみ。

風太郎さま

F川君辺りかな??
意外というヒントから・・・

追伸
11月は、懇親会も参加にしますか?
[ 2013/09/06 07:24 ] [ 編集 ]

正体は

狂電関人さま

ドジョウならぬY下クンですよ。大穴でしょ。

懇親会も参加するつもりですよ。
[ 2013/09/06 21:13 ] [ 編集 ]

お久しぶりです。
国鉄時代の銀山はすばらしい駅でしたね。
何度かこの駅に泊めてもらいました。
1986年10月まで通票閉塞でした。
当時窓口では入場券は売っていませんでしたが、乗車券は売っていましたので、今確認したら、小樽駅発行となっていました。
背景からすると、これは駅舎側のホームに停車している上り列車です。
その後、棒線化されたのちまで古い駅舎は残っていました。
C62が復活して交換設備が再設置され、駅舎は新しい待合室になりました。
しかしあの駅の持っていた味は無くなってしまいました。
[ 2013/09/18 01:59 ] [ 編集 ]

往年の銀山

北マトさま

お久しぶりです。コメント有難うございます。

銀山に泊めてもらったんですか。待合室でしょうが長閑な時代ですね。
北マトさんが撮られていた年代は存じませんが、かなり昔の事では。
ひょっとしてスワローエンゼルの時代でしょうか。

私が銀山を訪ねたのはこれ一回きりですのでそれほど感慨は無いのですが、
思い出深い方は多いのでしょうね。また昔話でも聞かせて頂ければ嬉しいです。
[ 2013/09/18 22:15 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://futaro1980.blog.fc2.com/tb.php/584-f3bd6eb7