雨煙別

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   深名線  雨煙別    1988年




北海道の地名駅名はアイヌ語の音韻に当て字したものがほとんどだが、「雨煙別」などという

暗く寒々しい字をわざわざ当てなくとも、と思う。

もっともアイヌ語の地名自体が「ウェンペッ」(悪い川)という、何が悪いのかもよく分からない

あんまりなものと来ては、もう踏んだり蹴ったりな土地ではある。


そんな不遇な背景がある割には、この駅はもともと交換設備もあり、駅員も常駐する立派な駅だったらしい。

傍らの大きな農業倉庫も往年の活気を感じさせる。

しかし最後は病院通いの老人一人だけのための駅になり、深名線全体の廃止を待たずして廃駅になった。


写真は廃駅を真近に控えた晩秋。駅名に相応しく冷たい雨がそぼ降る日。


数年前にこの辺りを車で通った折、道路標識に「雨煙別」の地名表示を見つけて懐かしかったが、

既に周囲は原野に還り、駅の痕跡すら見つける事は出来なかった。





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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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雨煙別

風太郎さま

深名線も未踏のまま終わってしまいました。
そういう意味だったのですね。

電関人は、もっとロマンチックに雨に煙る別れと解釈して、
好きな駅名でした。

冷たく湿潤な秋雨が日に日に木々を染めていく。
そんな木々が染まって葉落ちる頃、
秋とのお別れ・・・雨煙別。
[ 2013/09/27 23:02 ] [ 編集 ]

銀塩の味

風太郎さま、こんばんは。

深名線は廃線になる少し前に行った事があるのですが、
その昔、雨煙別という駅があったのは知りませんでした。

お写真は、銀塩ならではの粒状感と色合いが、
何とも言えない情感を醸し出しておりますね。
久しぶりにフィルムカメラ使いたくなってしまいました。
[ 2013/09/27 23:15 ] [ 編集 ]

秋雨降る日

狂電関人 さま

雨に煙る別れですか、そういう読み方もありますねえ。
それもロマンチックではありますが、ここも入植者の村です。夢を結ぶ新天地の地名としてはどうかと・・。

あまりに似合いすぎた秋雨の風景が写っているので、余計そう思うのかも知れません。
人知れず佇むような駅でした。時間に追われ、ちょっと車を止めて撮るだけだったのが心残りでもあるのです。
[ 2013/09/27 23:33 ] [ 編集 ]

銀塩の味

いぬばしりさま

小さい写真なのに、「銀塩ならではの粒状感」を読み取って頂けるのはさすがです。
フィルムは「コダクロームKL(ISO200)」を使っています。
光量が足りない時のお守りに持っていたはずですが、何故ここで使ったのかはよく分かりません。
コダクロームにしては粒子がザラザラで、ちょっとガックリなところもあるのですが、
銀塩の味と言っていただけると救われます。

こういう天気の時のコダクロームはもともと彩度が異常に低いので、
スキャン後、ソフトで気持ち彩度を上げています。
コダクロームのコクを残しつつ、現場の彩度も蘇るので、結構好きなレタッチです。
[ 2013/09/27 23:48 ] [ 編集 ]

説明不足でしたね。

風太郎さま

開拓新天地で、このもの悲しい季節を迎えると
つい離れた故郷を思い出すとの意味を込めたつもりです。
別れを思い出す秋との別れで長い厳しい北の大地の冬が訪れる。
それを思うと、故郷が恋しくてつい涙ぐみ景色が煙る。
雨に煙る景色と涙に煙る景色をかけて、雨煙別。

ちょっと今読んでいる北の無人駅の内容からそんな
情景を思い浮かべて雨煙別の雨景色を見入った次第です。
[ 2013/09/28 09:19 ] [ 編集 ]

別れの季節

狂電関人さま

なるほど、故郷に別れを告げた入植者の心情に寄り添えば、そんな視点もあるのですね。
北海道の晩秋は、ことさら去りゆく季節の印象が強くて、胸に迫る所があります。

「北の無人駅」、北海道新聞社の本ですよね。私も読んでいますよ。
あの厚さなので休み休みですが。そのうち感想でもと思っているところです。
[ 2013/09/28 10:09 ] [ 編集 ]

風太郎様

北海道 私は行ったことがありません
広大な地には はかり知れない景観が
広がっていることでしょう
森林の中に存在する
青い屋根の駅
隣にあるピンクの屋根は農業倉庫だったのですね
そこには 一体何が・・・・・
秋の収穫物は何だったのでしょうね
最後のお客様
「病院通いの老人一人だけのための駅になり」
廃駅になったあと
その方は どのようにして 病院に行かれたのか・・・
気になりました 
[ 2013/09/28 19:43 ] [ 編集 ]

最後の利用者

りら さま

このあたりは「道北」に分類される地域で、あまり肥沃な土地では無いとされています。
酪農が多かったと思いますが、農業倉庫に入れる様なものは・・・なかなか思いつきません。
今ではソバの栽培が盛んですが。

国鉄以来の伝統で、利用者が一人でもいる限りは駅は無くせなかったのではと思います。
最後の利用者も居なくなったという事ではないでしょうか。

[ 2013/09/28 20:15 ] [ 編集 ]

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