世間は狭い

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   日中線  熱塩   1984年



廃止まで一か月あまりになった日中線。これが最後と訪ねた終着駅は、変わらぬ豪雪の中にあった。



都内某所。

風太郎と同世代の女性。福島出身と言う。

「福島のどちらですかあ。」

「熱塩ってとこです。ご存じないでしょうけど。」

「■×〇◆! あの、よーく知ってますよ。ニッチュウセンって走ってませんでした?」

「あーありました、ありました。私の子供時分はSLが走ってて。

そのSLが無くなる時には地元の小学生代表で機関士に花束を渡したんですよ。」


「・・・・そっ、そのシーンの写真、見た事ある!」






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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2013/09/25 23:02 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(4)

風太郎様

都内某所の女性とのお話
このお話も写真なくしては・・・・
のお話ですよね
今回のお写真に写っている男性とも
いつかお会い出来るかのしれませんね
それとも もう どこかですれ違っているかもしれません

機関車が雪に包まれるがごとく感じます
雪は機関車にとって苦しいことではなく
日常の中 お互い 融和を保っていたのだと感じます
[ 2013/09/26 07:48 ] [ 編集 ]

熱塩駅

風太郎さま

このカット初めて見たかもです。
オハ35に簡易標識灯を付けただけの俄か緩急車が
泣かせますね。

電関人は、廃止後訪れました。
[ 2013/09/26 22:38 ] [ 編集 ]

最終セレモニー

りらさま

この写真を撮ってから2~3年の間、日本中でローカル線の廃止が相次ぎ、
それこそ最終列車の運転士に花束を渡す小学生の報道写真が巷に溢れました。

もう遠い過去になりつつある時代ですが、そんなセレモニーに加わった人にとっては、
故郷を離れても一生忘れない思い出なんだろうなあと、改めて。

男性は機関助士ではないかと。
行き止まりの終着駅なのですが、機関車を前に付け替える作業をしています。
もうほとんど見られない風景ですね。

[ 2013/09/26 23:02 ] [ 編集 ]

日中線

狂電関人さま

駅舎がボロ過ぎでつまらん、と悪評もあった日中線ですが、好きだったですねえ。
隣の会津加納も含め結構撮っていますよ。

珍しい切妻のオハ35ですね。ここって実は固定運用になっていなくて、客車のデパートのようでした。
オハフ61、オハ61、スハフ32にオハフ33。まだあったかな。
客車好きには堪らない所もありましたよ。
[ 2013/09/26 23:11 ] [ 編集 ]

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