豪雪の山峡

yonesaka119901b.jpg
   米坂線  羽前沼沢(?)   1990年



風太郎の学生時代の撮り鉄仲間とは、社会人になっても時々思い出したように一緒に撮りに出かけていた。

大概は冬で、雪中行軍と称して豪雪の雪国でがっつりとした力勝負を挑むのを良しとしていたのだが、

撮れるものなら撮ってみろと言わんばかりの洗礼を浴びる事も多かった。

この時のチョイスは米坂線。写って良かったという位の猛吹雪だった。

数枚撮ったが途中で列車を視認不可能になり、撮影続行を断念した気がする。

例によって撮影地の記憶は飛んでいる。羽前沼沢近辺ではないかと思うが、お立ち台っぽい気もするので、

どなたか分かる人は教えて下さい。


見慣れた国鉄色が少しずつ消え、珍妙な地域色が跋扈し始めた頃。

鉄道にカメラを向ける事にどこかすきま風を感じるようになって、そこから身を引く直前、最末期の一枚。




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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2013/12/06 21:19 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(8)

明沢橋梁(l=65M)と思われ

おそらく、70年代末頃に開通した国道113号線の明沢橋からの遠望ではないでしょうか。
1990年となれば、かなり樹木が成長している様子なのですが、
かつては、この下方に旧道が通っていて、そこからが定番のポイントでした。
右側画角外には、橋梁を俯瞰する位置もあったはずです。
羽前沼沢から伊佐領方に(旧道経由で)30分程の距離だったかと。
[ 2013/12/06 23:03 ] [ 編集 ]

ピタリです。

Wonder+Graphicsさま

さっそくのご教示有難うございます。
他のブログ等の写真も確認した結果、緑の塗装、橋脚の写り方、明沢橋梁です。
羽前沼沢~伊佐領間でほぼ間違いないと思っていたのですが、いまひとつ確信が持てませんでした。
さすがは百戦錬磨のWonder+Graphicsさんです。

この時の写真はとにかく吹雪に音を上げて、記録らしい記録を取っておらず、
この他にも撮影地不明多数です。また教えて下さい(^^;

撮影地が出て来ないのは、この時を含め2回しか行っていないから、というのもあります。
秋の紅葉、この鉄橋付近は素晴らしいようですね。
車両は大分変ってしまいましたが、また行きたい虫が湧いてきています。
[ 2013/12/06 23:20 ] [ 編集 ]

風太郎 様

お写真 拝見した瞬間 感じたこと・・・
何と美しいのでしょう

学生時代
青春時代
同じ夢を追っていた仲間
そのお友達との社会人になってからも続く交流
大事なかけがえのない宝物ですね
それも 同じ夢 同じ思いを抱いていたからでしょう
素敵なお話ですよね
原点は撮り鉄と写真です

「鉄道にカメラを向ける事にどこかすきま風を感じるようになって
そこから身を引く直前、最末期の一枚」

風太郎様の悩みという言葉さえ 平易に聞こえる程
その中にあった時代の輝くお写真

それが お写真をこれ程 美麗に撮影する源となったのでしょうね

ただただ 美しい世界
憧れを持って拝見しました
そこにある 遠い地 激しい気象条件
撮影方法 列車の名前・種類 その歴史
それらは このお写真を目にして
私ってとって なんら意味を持ちえません

先程 申し上げたように
ただただ 美しい
それが 全てであり それ以上 語る必要性を感じえません

感動しました
お写真の美しさ
青春時代の風太郎 様
社会人の風太郎 様
思いを馳せ・・・・
撮影時
風太郎様 28歳
現在の私と同じ歳です
私は これ程 深い思いで写真を撮ってはいない
そのことをも思わざるをえませんでした

最後に思ったこと
この時代の風太郎様に
今 お会いしてみたかったです
そして ご一緒に撮影したかったです
[ 2013/12/07 06:30 ] [ 編集 ]

回り道

りら さま

吹雪の中、写っているのかもよく分からなかった写真に想いを寄せて頂けて嬉しいです。

この当時は本格的に鉄道にカメラを向け始めてからちょうど10年目位でしょうか。
その間に国鉄がJRになり、山奥のローカル線にも変化の波が押し寄せていた時代です。
鉄道に対し心惹かれた部分がどんどん変わっていく中で、変わってしまうものを追うのが嫌になり、
少なくとも変化が緩やかな、人工物を一切入れない自然風景写真に転向したのですが、
変わらないものは案外退屈だったりするのです。
人間は贅沢なものですが、そんな変遷を経て20年振りに帰ってきたというところです。

この20年の間に消えてしまった鉄道も沢山あって口惜しい思いもあるのですが、
その間にこの国の四季折々の美を改めて再発見しましたし、それを表現し得る手段も勉強することが出来ました。
回り道をする事でどこか写真の幅も拡がったというのは、自画自賛かも知れませんが実感でもあります。

今後も「鉄道」を撮り続けるのか、自分でも分かりません。
2~3年後には全く別の対象を追っているかも知れませんが、先が見えない事が楽しみでもあります。

りらさんもどこかで壁にぶつかる事があるかも知れませんが、回り道も悪くありませんよ。

[ 2013/12/07 21:58 ] [ 編集 ]

米坂線

風太郎さま

ここもキューロクの古戦場。
山形の血が流れる電関人としては、外せない
路線なのですが、チャンスに恵まれず。
一度だけしかもイベント臨で一度っきり。
米坂線のどっしりとした雪の一枚は迫力です。
生活路線としての鉄路が色を失っていった中、
風太郎さんが自然に離れていった気持ち、
分かります。
[ 2013/12/08 09:37 ] [ 編集 ]

米坂線今昔

狂電関人さま

かつては96、最近ではキハ52の狂騒で相当撮られている路線のようですね。
カメラの林立の中に身を置く気持ちは湧かなかったと思いますが、
残された紅葉や雪の中を行く国鉄型の写真を見れば、
ここももう少し拘ってみるべきだったと後悔の念はあります。
[ 2013/12/08 18:22 ] [ 編集 ]

こんばんは

私も米坂線、紅葉と雪の時期に、2度程訪問しています。

目的は路線のロケーションとキハ52でしたが、気動車は新潟色と呼ばれた白地に紺色と赤のラインの塗色でした。
国鉄色が復活してからは、なんだか興味がわかず...あまり人が集まる場所は不得意な私です。

車両は新しくなりましたが、新緑の時期など、将来機会があれば、また訪問してみたい路線の1つです。

フィルム時代、荒れた雪の日は私も本当に苦労しました。
露出は上がれど、素直に撮るとアンダーになるし、意識し過ぎると真っ白になるし...悪条件の時は、デジタルカメラは本当にありがたいです。
[ 2013/12/08 22:02 ] [ 編集 ]

米坂線をもう一度

山岡山さま

人が集まり過ぎる場所は私も嫌いです。何か同じ写真を撮らされている気がしますし・・・。
米坂線もキハ110ならまだしも、E120でしたか、変な電車みたいなのが入っていやはやですが、
ロケーションは非常に良いのでまた行ってみたいですねえ。

雪は降らなきゃ降らないで拍子抜けですが、振り過ぎれば写真どころじゃないので。
この時の豪雪は凄まじかったです。よく動いたなあと今でも思います。
[ 2013/12/08 22:18 ] [ 編集 ]

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