怪しい中年撮鉄団 津軽遠征  その14    30年目の津軽

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  五能線  岩館    2014年2月



2泊3日は瞬く間に過ぎて。


とにかく雪が無い事とベタ凪の海には閉口したものの、五能線は全列車ほぼ定時で走ったし、

津軽鉄道はちゃんとDDも走ったしで、当初の目的だった「去年の倍返し」は、1.3倍返し位は達成かなと。


思えば今回の中年一行と共に過ごした大学生活の終わりは、五能線でひたすら追い続けた旧型客車列車の終焉

と同時で、ひとつの時代の終わりを痛感せざるを得なかったが、それから30年。


夜行泊の連続に撮影ポイントまで全て徒歩というフィジカルにモノを言わせた当時と比べれば、

新幹線往復に加え、行けるとこまでクルマで乗り付けるという楽勝鉄を決め込んでいるはずなのに、

一日を終えると筋肉痛と綿の様な疲れが出るとは。

ウン割増の体重と、倍増以上の機材重量に筋肉が悲鳴を上げているのを割り引いても、

この30年で一番変ったのは自分自身なのかも知れない。


もちろん変わってしまった鉄道は帰っては来ず、かつての記憶の残り香をあくまで探し続けるのか、

それともリアルな現実ともっと正面から向かい合うのか、答えを求められている気がする。

それは「鉄道の写真」に今後どこまで執着するのか、という問いでもあって、未だ答えに迷うけれど。



岩館の風景はやはり記憶のままにあって、デジタルの高感度特性は夜明け前の列車すら止めてくれる。

かつて撮りたくても叶わなかった写真が撮れるとなれば、やっぱり鉄道の写真にもう少し夢を見させてもらいたい、

というのが未練がましくも正直な中年鉄の想いではある。


(怪しい中年撮鉄団 津軽遠征    おわり)




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[ 2014/03/02 20:13 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(10)

怪しい撮鉄団

風太郎さま

長編アップお疲れさまでした。
こうしてみてくると、いやはや違う季節の五能線に
トライしてみたくなりますね!
今日、某板で夏の時期のガンガラ穴の好いアングルの写真を見つけました。
ま、どこでもいいのですが春の爛漫を撮りに
また出かけましょう。
[ 2014/03/02 21:16 ] [ 編集 ]

これからも

こんばんは。

蒼色の背景に浮かび上がる、車内の灯り。
津軽紀行ファイナルに相応しいお写真ですね。
このお写真を拝見する限り、まだまだ風太郎さまは
線路端から離れてはいけませんですよ(笑)
撮るものが無くなりつつも、カメラの進化により
自分のイメージした写真が撮れますしね・・・

これからも楽しみにしております!
次回は3倍返しでお願い致します。

[ 2014/03/02 21:34 ] [ 編集 ]

お疲れさまでした

こんばんは。
また、津軽遠征、本当にお疲れさまでした。

私もかつては列車に乗って下車し、どんなに距離があっても、どんなに過酷でも、撮影場所を探して歩き回っておりました。
かと言って、車での移動が当たり前になった今の方が楽かというとそうではなく、歳とともに疲れやすくなっている方が上回っており、あの頃の体力的な元気さはいったい何だったんだろうかと思うこの頃です。

年々、仕事上でも責任が重くなり、また、子供の成長とともに、自由が利かなくなってきているのも事実なので、‘今回を逃すと次は行けないかもしれない’を自分に言い聞かせ、自分のエンジンをかけて毎回出かけております。
現地に着いて撮影を始めると、絶対的に楽しいのはわかっているのですが...。

しかし、おっしゃるとおり、デジタルカメラが広げてくれた可能性ってありますね。そういう意味も含めて、まだまだやりたいことはたくさんあります。
[ 2014/03/02 21:45 ] [ 編集 ]

五能再び

狂電関人さま

狂電関人さんも打ち止めですか?
「大人の休日」が続く限り、多分一番オトク感があるエリアでしょうから、
その時期を中心にまた訪ねたい気がしますね。

ガンガラ岩のアングルって、穴を額縁みたいに使って向こうにキハが走っている奴ですか?
あれは合成かしらとも思ったりしていますが、いろいろアングルはありそうですね。


[ 2014/03/02 21:56 ] [ 編集 ]

浮いたり沈んだり、ですが。

いぬばしりさま

あんまりな変わりようを目にして、ええもう止めたる、と短気を起こす事も有れば、
こんな絵も撮れるの、とニヤリとする事もあって、気分は浮いたり沈んだりですね。

でもいぬばしりさんから頂く励ましに、もう少し粘ってみようかというエネルギーが湧いてきます。

有難うございます。
[ 2014/03/02 22:04 ] [ 編集 ]

写真との日々

山岡山 さま

いや山岡山さんは今でも相当にエネルギッシュな撮影をこなされていると思いますよ。
季節や気象のチャンスを外さないというか、執念に近い拘りが無いと不可能では、とお察ししています。

私の場合、ひとたびロケに出れば周囲がうんざりする位入れ込むところはあるのですが、
その他(休日の大部分)は家でひたすら粗大ゴミ状態で、寒い日など炬燵の主と化していますから。
カメラもまず積もったホコリを払ってから、というのが常ですね。

まあそのメリハリで体力や集中力が持っているのかも知れませんし、
気分の切り替えになっていますから、鉄や写真とのいい距離感なのかも知れません。
[ 2014/03/02 22:16 ] [ 編集 ]

風太郎様

「怪しい中年撮鉄団 津軽遠征」シリーズ
お写真 拝見させて頂き 記事拝読させて頂き
私の一番の感想です
風太郎様は悩みながらも撮影に没頭されていました
それは 学生時代と変わらないように思えます
そして 被写体は果てしなくあるのだということです
もし 時間があったならば・・・・
撮ってみたいと思う景観があるのではないでしょうか
例えば 皆さんが仰っているガンガラ穴です
ガンガラ穴のアップがあった時 すぐ検索しました

十二湖駅近くにある森山海岸の絶壁にあいた海蝕洞で
小舟がやっと通れるぐらいの入口を進むと中には
奥行き50m、高さ10mほどの洞穴でこうもりの群が生息しています

検索した一部ですが 相当 被写体として魅力的だと思いました
読んだだけでわくわくしてきます
ガンガラ穴だけではなく
風太郎様 ご自身 撮りきれたとは まだ思ってはいないのではないでしょうか
学生時代のように お金はなくとも 
時間だけは一杯あった日々だったとしたら・・・・・
でもご自分でも仰っていられるように 撮影日数は限られてはいても
交通手段は 格段と便利になり カメラは高性能になっています
学生時代には 撮りたくとも 撮れなかった光景が 今は撮れます
懐かしい光景が失われていく寂しさは あっても
その痕跡は 確かに 残っていて それはそれで魅惑的でした
炬燵の中にご自分の感性までも 閉じ込めないで下さい
きっとまた この地に向かわれると信じて待っています
お写真への情熱もまた 変わることがないことも信じています 
[ 2014/03/02 23:22 ] [ 編集 ]

迷い

りらさま

体力の衰えは隠しようがありませんが、写真に対する気力というか集中力は、
然るべき充電時間をおけば今でも自信がありますよ。
感性の有無ばかりは他人が評価するものですが・・・。

機材の発達で「撮りたい写真」は機材が撮らせてくれるようになりました。
だからこそシャッター以前の「何を撮るのか」という、自分との対話がより重要になっているのではと思うのです。

目の前のリアルを冷徹に記録するのが写真の本質なら、
30年前の写真はケレン味なくローカル線のリアルを記録していたと思うのですが、
今はローカル線のリアルを直視したくない自分がいて、そこにまやかしが入り込む余地があるようにも思うのです。

私の場合、鉄道写真以外を撮っていた時期も長く、実はそれほど鉄道に執着する訳ではありません。
「写真のリアル」についてはもう少し勉強してみたいという気持ちもあってまだ曖昧なのですが、
リアルを直視できないのであれば、あえて鉄道でなくともという気持ちがあるのも事実です。

写真でメシを食ってる訳でも無し、所詮道楽だからという思いと、道楽だからこそ、という思いも交錯しますが、
迷いもまた生きている事の証しでもありますから。
[ 2014/03/03 01:15 ] [ 編集 ]

色々と

ローカル線のリアルを直視するとつらい気分は
必須ですね。
観光資源かつ人寄せパンダの手段と化した
蒸気列車とローカル線の組み合わせも同様です。
ただ一方で、震災復興や原発風評被害からの
回復も必要というのが現実ですので・・・。

私は産業装置としての蒸気機関車の歴史を記録
する目的で鉄道写真に入り、その目的が終わった
段階で抜けました。現在は純粋な趣味かつ
かつての仲間プラス新たな仲間作りの手段です。
といってもなかなか割り切れぬ現実との折り合い
は、いつも難しく、悩みの繰り返しですね。
[ 2014/03/03 09:17 ] [ 編集 ]

終わり

マイオ さま

現役蒸気は写真の素材として他に代わりがない程素晴らしく、
それがある日を境に線路上から完全に姿を消すという事実を前に、
区切りをつける人の心情は大いに理解できます。

幸か不幸か、「その後」を追う事になった私が拘ったローカル線は、
大量廃止の時代こそあれ、どこが終わりなのかも定かでなく、
それは自分で決めなければならないという苦しさがありますね。

これで終わりという納得がいくまで、迷いつつもぶら下がって行こうと思っています。

[ 2014/03/03 22:40 ] [ 編集 ]

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