三峰口  1978

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  秩父鉄道  三峰口    1978年



香月りらさんのブログで三峰口の今が詳しく紹介されているのを見て、既出の写真ですが。


なにやらヌケの悪い画質と何を撮りたいのか分からないような構図は、

家にあったクラシックカメラを持ち出して、風太郎が生まれて初めて鉄道にカメラを向けた写真

という事に免じていただきたい。

まあ最初に撮ったのがブルートレインでも新幹線でもなく、秩父鉄道というチョイスが、

その後の風太郎の半生にブレが無いという事を象徴していると思うが。


当時の秩父鉄道は閉塞器を使ったタブレット閉塞が健在で、小さな駅にも皆駅員が居て、

古き良きローカル線の趣は充分で、車両もご覧のような秩父鉄道オリジナルの旧型車中心だった。

先頭車はデハニで、ニス塗りの板壁に仕切られた荷物室が同居していた。

今こんな鉄道があったら撮り鉄でごった返すだろうが、当時はコレにカメラを向ける人など

お目にかかった事が無かった。


最近の写真を見ると駅舎はあまり変わっていない気もするが、SL運行以来の観光駅化は顕著なようだ。

当時まだ色濃かった秩父の鄙びた山村風景もどう変わっているのか、今一度訪ねたいような、

やっぱり思い出のままにしておいた方がいいような、ちょっと複雑な場所である。





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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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これは貴重な!

いやいやいや、なんか見たことある風景だなと
思えば・・・。基本的に駅舎や線路配置は変化ない
のですが、全体に無人化が進んでますね。
それに秩父沿線の過疎化も間違いなく。
貴重なお写真を拝見できてありがとうございます。
[ 2014/03/04 22:12 ] [ 編集 ]

三峰口今昔

マイオ さま

秩父鉄道には足繁く通われているマイオさんですから、すぐにピンと来られたようですね。

最近の写真を見ていて、いやここもすっかり変わっちまったなと思いつつ、
細部をよく見ると駅舎やホームに架かった庇など、実は昔のままの部分も多いようで。
山の形が同じなのも当たり前ですが、何か不思議です。

当時は沿線住民と鉱山のためだけの駅で、眠くなるような時間が流れていました。
今はSLが着くたびに忙しない都会の時間が持ち込まれているのでしょうか。

実は変わっていないのに「別物」に見えるのは、そんな空気感の違いなのかも知れません。
[ 2014/03/04 22:45 ] [ 編集 ]

こんばんは

旧型車両や駅舎もそうですが、乗客の格好に隔世の感がありますね。

最近は、古いものとか、雰囲気が良いなと感じた場所に限って、人が集まる傾向があるように思います。それだけネタというか、良いと自然に感じれるものが減っているのかもしれません。
特急列車やブルートレインが全盛の頃は、ローカル線や地方私鉄が脚光をあびるなんて、想像できませんでした。
私の場合、小学3年の頃ブルトレブームで、毎週日曜朝、早起きして関西ブルトレの上りを近所に見に行ったりする(私は当時、兵庫県明石市におりました)傍ら、友達何人かで別府鉄道に乗りに行ったりはしてましたが...。
[ 2014/03/04 23:51 ] [ 編集 ]

若いミソラで

山岡山 さま

こんばんは。

私の場合は、ブルトレには一瞬惹かれた思い出はあるのですが、(それも模型です)
「実物」に興味が移った頃にはもうローカル線一本槍でしたね。
もっともなかなか遠出が許されるトシでもありませんでしたから、
当時の郊外国電にまだまだあった木造跨線橋などに疑似恋愛したり。

なぜ若いミソラでそういう渋いところへ行ったのかはまだ自己分析出来ていません。
自分の事は案外一番分からないものです。
[ 2014/03/05 00:35 ] [ 編集 ]

原点写真

風太郎さま

こりゃまた渋い被写体でしたね!
当時、いわゆるゲタ電たるものはHゴム改造許さじなどと、
その多さゆえの贅沢嗜好満点にこの車もその贅沢の被害者に
なってしまいました。
最も電関人の場合、その名の通りこの秩父では
デキが専らの被写体でしたから言うまでもありません。
[ 2014/03/05 07:17 ] [ 編集 ]

風太郎 様

1978年 撮影
風太郎様 16歳
最初の鉄道写真は秩父鉄道
初めての大切ですね
一枚目のお写真
構図は 16歳にして既に決まっています
右手山並みを背後にした秩父鉄道
左手ホーム そのスペース配分のセンスの良さ 
「栴檀は双葉より芳し 」この言葉思わずにはいられません

二枚目のお写真 
丸ポストは四角いポストにはなっているけれど・・・
三峰口の看板がある上のトタンらしき屋根は塗り替えてあるけれど・・・
それを支える支柱は変わってはいません
電話ボックスもあります
その背後にあるガラス窓 
撮影しました アップには至りませんでしたが同じです

最後のお写真
当時の秩父線の列車内撮影
着物を召された方の風情が印象的です
現在とは当然ながら異なっていますがそれが新鮮に感じます

私が今回見た 秩父線沿線には
多くの撮影者の方が 三脚を立てカメラを構えていました
私の乗車したSLに向かって 手を振って下さる
沿線の人々も多くお出でになり
私も小さな旅友さんも一緒に手を振りかえしました
こんな経験は 初めてでしたのでとても楽しかったです

風太郎様 初めての鉄道写真が秩父線
駅舎が三峰口
私が新幹線以外の初めての鉄道写真も秩父線のSL
駅は三峰口
言葉に尽きせぬ想いです
お写真拝見し 記事の一段目を拝読した時 
嗚咽をこらえることが出来ませんでした
心から 有難う御座います
感動という名の大事な宝物 頂きました
感謝の気持ちで心が溢れそうです
[ 2014/03/05 20:56 ] [ 編集 ]

秩父鉄道昔々

狂電関人さま

まあ車両そのものの形態に特段の拘りは無かったですから、
Hゴム云々はどうでも良く、全体が醸す雰囲気さえ良ければ。
車両然り、ストラクチャー然り、今見返すと本当にローカル色満点でしたねえ、秩父鉄道。
[ 2014/03/05 21:29 ] [ 編集 ]

こちらこそ

りらさま

いえ、私こそ懐かしい場所を見せて頂いて嬉しかったのですよ。
日帰りで行ける場所なのに何十年も足を運んでいないのも不思議ですが、
案外そんなものなのかも知れません。

お写真を拝見して、一瞬全てが変わってしまったようにも見えたのですが、
詳しく見ていくにつれ、変わらない所は本当に変わっていないようですね。

1978年当時の駅周辺は、山村の雰囲気に溢れていて養蚕農家がまだ健在だったのか、
桑畑がどこまでも続いていました。そのあたりはさすがに変わったでしょうねえ。

お写真を拝見して、当時の記憶を辿るような旅をしてみたくなりました。
どこかの休日にふらりと行ってみますか。

[ 2014/03/05 21:41 ] [ 編集 ]

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