51の息遣い

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  宗谷本線  音威子府    急行利尻   1984年



jamさんによる、石北貨物からのDD51引退を綴る切々とした記事に刺激されて。


風太郎は特別意識してこの機関車を追いかけたという事も無かったと思うが、

電化済みの大幹線は撮影対象外となれば、結局撮った機関車はDD51かDE10しか無い訳で。

気動車とは明らかに違うアイドリングや、息遣いのようにも見えるスチームの流れなど、

心ときめいたのはやっぱり憎からぬ相手だったのだろうと思う。


深夜の音威子府。

放射冷却でシバレあがった中を、下り利尻が到着。

闇夜を照らすヤード灯にスチームが浮き上がり、タブレット交換のカンテラが揺れる。

これ1本のためにほぼ完全徹夜、虎の子のトライXを1600増感で丸々1本ブチ込んだのも、

やっぱり恋は盲目という奴か。



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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2014/05/06 14:10 ] 音威子府 | TB(0) | CM(10)

こんにちは

その白い煙が・・・生きていてかっこいいなあ(^^)

エンジン音をぐるるるると立てて 駅に停まっているだけでなんだか嬉しく、
駅そのものも生きてるような気がしました
惹かれる訳を考えてもみましたが 考えるものではないのでしょうねえ
 
私の思い出は薄っぺらなほうですが、ムラでの生活でほんとうにいろいろとあった日々とともに、意識せずとも何気に視界にあったDD51
いまだ喪失感のようなモノにちょっと囚われたりもするんですが(^^;)
DD51の最後の日がそうであったように いつもの一日をいつものように、
ちゃんとはたすこと、見習わねばなぁなんて思っております 

[ 2014/05/06 16:41 ] [ 編集 ]

最果てのデデゴイチ

風太郎さま

良いものを記録してましたね!

電関人にとって、前にも書いたかもしれませんが、
でっかいどーほっかいどーでして、
何を撮ってもワイドレンズ効果でして、
かつての電関人は、やはり井の中の蛙状態でして・・・。
ただし、北海道夜行が風前の灯火の今意を決してブルーの奴を狙いに渡道計画中です!
[ 2014/05/06 18:14 ] [ 編集 ]

ニッポンのディーゼル機関車

Jam さま

SLの世界では、9600形が「ニッポンの蒸気機関車」と云われます。
北海道から九州までそれこそ全国に分布し、特急や急行の牽引など、派手な仕事とは無縁で、
貨物列車を中心に地味に働き続けた生涯でしたが、
結局この大正生まれの機関車が最後まで生き残ったSLとなりました。
最も働いたのにその酷使がたたったのか、現在動態保存は1両もありません。

本当の実用車両とはそういうものなのかも知れません。
全国何処へ行っても働いていたDD51は、9600形とダブるところがあります。
鉄道車両は単なる物体ではありますが、共に過ごした人間達の想いと結びつく時、
そこに命が吹き込まれるのかも知れませんね。
[ 2014/05/06 19:42 ] [ 編集 ]

威厳

狂電関人さま

DD51は全国何処にでも居ましたが、最北の、さらに厳寒のそれは、やはり威厳のようなものを感じました。
凍てついた音威子府の構内に佇むそれは、ディーゼルではあっても、
かつてのC55や9600の姿が蘇るような気がしましたね。

そうですか、遂に北海道遠征ですか。満を持しての撮影行、楽しみですね。
[ 2014/05/06 19:52 ] [ 編集 ]

この音威子府ミッドナイトセッションシリーズには、してやられ感強し。
バルブを切る停車時分は十分に在ったでしょうが、2EVの増感に露光時間は短めですね。
暖房蒸気をベール状とせずに動感を持込んだところが、してやられた感じです。
当時の煌煌とした構内照明のあってこその作戦勝ちでもありましょうか。
[ 2014/05/07 03:00 ] [ 編集 ]

風太郎様

恋する方の姿を求め
徹夜撮影
心ときめいた 憎からぬ相手

1984年
風太郎様が大学を卒業されるころでしょうか
これだの熱情を注がれたお相手
働き続けた甲斐があったことでしょう
それだけ思われ撮影されて・・・
きっと生涯の思い出として懐かしく自分の誇りにしていることでしょう

私は風太郎様のこのころのお写真が大好きです 
[ 2014/05/07 07:27 ] [ 編集 ]

オマージュ

Wonder+Graphicsさま

「ミッドナイトセッション」ですかあ。
モノクロ、カラー、とにかくコマ数は稼ぎましたから、手を変え品を変えいつまでも続きますよお。

音威子府の夜は、ご存じかも知れませんが「蒸気機関車」誌の63号に掲載された、内藤健作氏の「凍夜」で知りました。
闇夜に浮かぶ煙やスチームがヤード灯の中で静かに流れて、これにはやられました。
「増感現像で煙を止める」も記事のマネです。
一応、SL無き後のオマージュのつもりでしたが。

とにかく極寒の夜でした。
気ばかり焦りつつも、フィルムが折れないよう、そおっと巻き上げた感触もまだ手に残っています。
[ 2014/05/07 22:20 ] [ 編集 ]

タイムマシン

りら さま

ブログの中でも随分触れているのでご存知かも知れませんが、音威子府という土地とは、
この撮影から20年以上経ってから随分深い縁が出来まして、何度も足を運びました。
駅の様子は大分変りましたが、この写真を撮ったその場所は何も変わらず残っていました。
何も背負うものが無かった学生の頃と大分立場は変わりましたが、
時を超えて同じ場所に立つというのは、まるでタイムマシンに乗ったような不思議な感慨でしたね。
そんな思い出を秘めた土地が全国各地にあるというのも幸せな事なのかも知れません。
[ 2014/05/07 22:32 ] [ 編集 ]

音威子府

こんばんは。

確かに、スチームが流れずに塊りになっているのがこのお写真の見せ所かと・・・
駅員?さんの姿もしっかり分かりますし。
深い闇に浮かび上がる鉄道情景。
本当に私も風太郎さまの音威子府は大好きです。

それにしても石北貨物が終わり、いよいよDD51も終焉に向かっておりますね。
今残っているのは北のブルトレと、四日市界隈だけですかね?

[ 2014/05/07 23:05 ] [ 編集 ]

当時の音威子府

いぬばしりさま

強烈なヤード灯は、天北線とのジャンクションとして広大なヤードを持っていた音威子府のシンボルだったかも知れません。
SLは無くなりましたが、当時の写真となんら変わらぬ駅の佇まいで、完全徹夜のファイトが湧いたものです。
当時の音威子府待合室は終夜開放、駅員に呆れられながら、うだうだと一夜を過ごしたもの。

ちょっと走れば光の回った「順光側」も撮れたでしょうに、
この逆光ショットに余程執着があったのでしょう、同じ様なカットばかり撮っていますね。

今の音威子府にヤード灯はありません。真っ暗なそれはやはり寂しいですね。
[ 2014/05/07 23:59 ] [ 編集 ]

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