旅のたまゆら   序の十八

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  肥薩線  大畑    1982年




峠越えの蒸気機関車の咆哮が消えた駅。

顔の煤落としの水盤からは、変わらず山の清水が溢れていた。





HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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「はせがわ」さんの写真展に行って来ました。



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相互リンクさせて頂いているOne-Shot Photo Blogの、「はせがわ」さんこと長谷川さんの写真展に行って来ました。


群馬・長野県境付近の山村、「南牧村」の静かに眠るような日常を捉えています。

いつもの「はせがわ」さんらしく声高に写真の意図を主張しませんが、

見る人の心にじんわり沁み込んで来るような一連の作品です。

会場で「はせがわ」さんにもお会いできて良かった。

「敢えて人物が入った写真を入れなかった。」

「四季折々のような構成は、キレイで終わってしまうので避けた。」

写真同様、声高ではありませんが、確固とした拘りに感銘を受けました。

人は写っていませんが、干された洗濯物や生活道路を淡々と描写する事でその気配を静かに感じさせます。

衰退と共にありながら人間の暮らしがまだひっそり息づいている、この村のリアルがかえって伝わるように思いました。

四季折々に至っては、こういう自然に囲まれた村を表現するに安直に陥りがちですが、

敢えてそれを見せない事でテーマの本質に迫るように感じました。

インクジェットによるマット調のプリントも見事。

最近プリントをあまりしない風太郎もちょっと拘ってみたくなりました。


今月19日まで開催。東京方面の人は是非。



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[ 2014/05/10 22:35 ] 旅のたまゆら | TB(0) | CM(6)

夏の旅

風太郎さま

クソ暑い夏の九州。

自然、水に吸い寄せられる風太郎兄のココロ。

うを心にみず心・・・。

[ 2014/05/10 23:22 ] [ 編集 ]

真夏の大畑

狂電関人 さま

地獄のような暑さでしたね。真夏の九州は。
缶コーラ7本位飲んだ日もあったはず。

この写真も露出差が大きい中で流れ落ちる水が写るか心配だったので、オーバー目に露出を掛けたところ、
見事にハイライトがすっ飛んでやっちゃったかと思いましたが、
改めて見れば眩暈がするほどの南国の陽射しが写っているかなあと。

後日行った時はこの水盤の上屋も失われて、何かすきま風が吹き抜けるようでしたが。
[ 2014/05/10 23:39 ] [ 編集 ]

おはようございます。
昨日はおいで頂きありがとうございました。
お目にかかれて嬉しかったです。
[ 2014/05/11 05:46 ] [ 編集 ]

風太郎様

以前 拝見させて頂いた
鹿児島交通  干河    1982年   
(踏切より後追い)のお写真が思い出されます
大好きなお写真でした
線路の脇にある列車を越すかと思われる程の背丈のある草の群れ
その中を走行する列車
ギラギラとした太陽光線が見えていました

今回肥薩線  大畑のお写真も  1982年
同じ撮影の旅の時のお写真かと思います
風太郎様が乏しい金銭と豊富な時間とを合わせ持っていた頃のお写真です
その土地になれしたんで 撮影出来たころのお写真ですよね
やはり魅了されます
水盤を手前に大きく捉えています
その水が強烈な光を放っています
顔の煤落としのためのものだったのですね
この水で風太郎様も顔を洗われたのでしょうか 
暑さで朦朧とされていたかもしれません
山の清水は それは清々しいものだったことでしょう 
この時代の風太郎のお写真が一際好きです
一日中 歩き続けて ご自分の足と感性を一番頼りにしていられた頃・・・
瑞々しい お写真ばかりです
歩き続けた先に何が 待っているか・・
予期せぬことが出来ない時代
それでこそ 魅力ある被写体に出合われた時は
それは言葉に尽きせぬものでしたでしょう
お写真には その時の風太郎様の目の輝きが水の輝きに反映しているように
私には 感じます
[ 2014/05/11 06:38 ] [ 編集 ]

こちらこそ

はせがわ さま

こちらこそお会い出来て嬉しかったです。
勝手な事を書かせていただきました。
今日もまた来場者が多く大変かと思いますが、
写真道楽冥利に尽きる時間を楽しまれますように。
[ 2014/05/11 08:55 ] [ 編集 ]

大畑の水盤

りらさま

大畑(おこば)というところは、日本有数の急勾配にトンネルが連続する、九州最大の鉄道の難所でした。
蒸気機関車の煤煙の侵入を防ぐため、ここを通る客車は通気口を全て塞いだものもあった位で、
父母に聞く「トンネルに入ったら真夏でも一斉に窓を閉めた」は当たり前だったようです。
それでも煙は忍び込んで来て乗客の顔は煤で真っ黒という事だったのでしょうね。

昔、主要な駅には必ずあった「煤落としの水盤」は普通は水道が使われたと思うのですが、
この駅では湧水が使われていました。
それ故、蒸気機関車が消えて役目が終わっても撤去されることなく、水を湛え続けていたのだろうと思います。

かつては大勢の乗客がこの水盤を囲んだのでしょうか。
そんな通り過ぎた日々を静かに語るような気がして心動きましたね。

顔は洗ったと思います。この日も猛暑の一日でした。
[ 2014/05/11 09:13 ] [ 編集 ]

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