「わ鐡」を偵察   その4      存在感

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   わたらせ渓谷鐡道   沢入     2014年4月



沢入駅のホームに立つ待合小屋は昔の記憶のままだ。

本屋は別にある訳だし、この小屋の中で列車を待つ人はほとんどいないと思うが、残されているのは嬉しい。

こんな何気ないストラクチャーが、確かな存在感を持ってその鉄道の世界を豊かに拡げてくれるのだ。


駆け足のロケハン中心で大した写真も撮れなかったが、心の琴線に触れる様な鉄道風景を、ちょっと覗く事が出来た。

うーん、ハマるかも。


( 「わ鐡」を偵察    おわり )




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   わたらせ渓谷鐡道   通洞     2014年4月


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   わたらせ渓谷鐡道   神戸     2014年4月




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[ 2014/05/22 20:25 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(8)

こんにちは

足尾線のほうのイメージがつよくてわたらせ渓谷鉄道の魅力、あまりピンときてなかったのですが、なんとなく懐かしさもある、赤銅色の生活風景があるんですねぇ お写真みて不思議な感覚になりました
足尾銅山鉱毒問題にからんで、谷中村の方々がふるさとを追われ、こちらオホーツクの地佐呂間町に移り住みその名も栃木とし、根付こうとされた方々がいるのを知っていますので、足尾の鉱山マチの光景が余計に沁みてきました
[ 2014/05/22 22:29 ] [ 編集 ]

土地の「業」

Jamさま

「足尾線」は長く縁が無く、鉱毒で荒廃した山を緑に蘇らせる等ポジティブな話しか聞こえてこないので、
鉱山住宅など、とうの昔に過去の歴史になったものと思っていました。
風呂なし、トイレなし、現代では信じ難い生活環境が今もリアルに続く現実を前にして、何かこの土地が負った「業」を感じます。

谷中村のオホーツク移住の件、知っていますよ。時の政府は現地も見ずに移転させたとか。
富国強兵を始めとする公の利益の前に、あまりにも個が軽んじられた現実は、
足尾の地を去った人にも来た人にも覆い被さるものではなかったでしょうか。

写真はともかく、旅はいろいろな事を教えてくれます。
[ 2014/05/22 23:19 ] [ 編集 ]

風太郎様

一枚目のお写真
沢入駅の待合小屋
対面に窓があります
手前の窓から待合室の向こうの窓まで見ることが出来ます
そこにある光景は 窓枠の中にある小さな
春の緑が規則正しく並んでいます
塵が積もった 瓦屋根
歴史を物語る外壁の風合い
全てが この地と同化していきのびてきたのでしょう
「うーん、ハマるかも」
私の予想は的中したようです
私の願望も叶うようです
朝から 微笑みが毀れてしまいました
いつまでも 再訪されること・・
お待ちしていますね
心から嬉しいです
[ 2014/05/24 07:35 ] [ 編集 ]

わ鐡

りら さま

お返事遅くなりました。
わ鐡、様々な顔があって面白い所と思いますが、行きたいところは山のようにありますので。

順番待ち、ですかね。

それより、りらさんがリベンジ撮影されてみては。
[ 2014/05/26 00:46 ] [ 編集 ]

THE 待合室

こんばんは。
こちらは現役使用中ですか?
残しておくと決めた事だけでも立派な考えですね。
[ 2014/05/30 20:42 ] [ 編集 ]

小道具

影鉄さま

現役ですよ。
何らかの文化財的な価値を認めて残しているのかと想像します。
本屋はきれいに建替えられてしまってるんですがねえ。
こんな小道具もあってこそ、ローカル線のワールドが出来るというものです。
[ 2014/05/31 00:47 ] [ 編集 ]

乗降場待合所

規模の差はあれ、小駅に至るまで本屋とは別に設けられていた乗降場待合所ですが、
遡って1960年代の記憶でも、これの機能しているのを見たことが無いのです。
かつては大駅と云えど、列車別改札が厳格に守られていましたから小駅なら尚更です。
列車到着のせいぜい10分前の改札開始には、乗降場での滞留時間は僅かですので、
そこでの待合所は敢えて必要な設備ではなかったはずなのです。
実際に、旅客の多かった当時に座席確保も競争ゆえ、多くの旅客はホーム上に立って列車を待ちました。
本屋の無い、要員無配置駅ならいざ知らずのこの設備は不思議な存在なのです。
鉄道省以来の標準設備は、陸上交通の王者の矜持とも受取れますけれど、
今のところの個人的結論は、乗降場全体に設けるのを基本としていた上屋の小駅における代用品、降雨対策だったと考えています。
[ 2014/05/31 02:10 ] [ 編集 ]

無駄なもの

Wonder+Graphicsさま

仰る通り、実際にこういう待合所に人が居る事を見るのは稀でしたね。
国鉄をはじめ、鉄道事業のともすれば杓子定規なお役所仕事が、
必要の有無に関わらず「標準形」を求めたのでしょうか。
しかし稀ではありますが使っている人もいましたよ。(磐西の徳沢など)
本屋から跨線橋を渡った先にホームがあるような構造では、
足の悪い老人などは少しでも早めに着いておきたいという思いもあり、
とはいってもホーム上は寒いので僅かながらの需要が発生したのでは、と。

あまり合理性が無く、「無駄なもの」が沢山存在していたのも、この当時の鉄道の愛すべき部分かと思っています。
[ 2014/05/31 11:15 ] [ 編集 ]

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