森を往く

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   高千穂線  撮影地不詳     1988年  





日本の国土のほとんどは森林であることを、旅は実感する場でもある。

旺盛な命の繁茂は、か細い一本の線路を飲み込んでしまいそうだ。







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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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こりゃまた随分と、

風太郎さま

山登りをされましたなぁ。
生まれ育った環境の違いなのでしょうけど、
九州の常緑樹林には食指が動かず、北へ上がって
落葉広葉樹林に恋い焦がれたものでした。。。
[ 2014/09/14 20:46 ] [ 編集 ]

絶景路線

狂電関人 さま

いやいや車道からの超お気楽撮影ですよ。でもこの高度感凄いでしょ。
高千穂線って深く切れ込んだV字谷を縫うように走っていて、ため息をつく様な絶景ポイントが目白押しでした。
相当な難工事だったと思いますが、行先が天孫降臨の地だけに意地で押し通したのでしょうか。

ちなみにU君も一緒で、仲良く撮りましたよ。互いに年休をやりくりしての九州行きでした。

こんな絶景路線、その後の第三セクターも含め再訪が叶わなかったのが心残りです。
[ 2014/09/14 21:30 ] [ 編集 ]

風太郎様

凄い俯瞰撮影ですね
お写真 拝見させて頂き最初に感じたこと
それは この線路を造成された方々のお仕事です 
ご苦労が多かったことでしょう
しかし 列車が初めて走行した時の喜びはそれは大きなものでしたでしょう
そしてこの地への交通手段が列車にて出来るようになったことを 
当時の地元の方々が どれほど歓迎されたことでしょう
はかりしれない 苦労と喜び
感じずにはいられません
[ 2014/09/15 20:06 ] [ 編集 ]

儚き鉄路

りら さま

東北本線が開通して東北地方の飢饉死が無くなったと言われるように、
かつての鉄道はライフラインそのものでしたし、隔絶された僻地に文化の灯をもたらすものでもあったろうと思います。
鉄路に賭けた先人の情熱と幾多の犠牲を思わずにはいられませんね。

しかしそれだけに、この鉄道の部分開通から数えても廃止まで73年は短か過ぎます。
こういう場所ですから災害路線でもあり、水害にその命脈を絶たれたのですが、既に役割を終えていた事も事実であり。

人の世の儚さを感じる風景でもあります。
[ 2014/09/15 21:32 ] [ 編集 ]

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