大井川鐵道 深秋の候  その7     壽記多屋旅館

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    家山  壽記多屋旅館      2014年11 月





どっちが本名なのか知らないが、「杉田屋旅館」と書かなければ読める人は少ないだろう。

家山の駅近くにある、お世辞にも豪華とは言えない商人宿なのだが、大鐡好きの間ではつとに有名で、

雑誌等々メディアでの紹介も多数。一度泊まらねばと思っていたのだが、今回初めて実現。





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創業は121年前。建物はその時のままという。

客室と言えば大広間を薄い壁で仕切っただけに近く、パブリックスペースとの仕切りは障子一枚のみで、

セキュリティなんぞ何処の世界の話か、という風情。

全国津々浦々の駅前商人宿には散々泊り、オーナー一家の息子の部屋でも寝た事がある風太郎はちょっとの事では

驚かないが、この「壽記多屋」の凄さは一級品で、ここまでくればもはや文化財である。

もとより商人宿という奴は何処の馬の骨か分からない流れ者同志が、オーナー一家も含めひとつ屋根の下に

夢を結ぶ所で、人間性善説に立たないと成立しない商売と思うが、このオープン感覚は凄い。

そして素泊まり3千円は30年前だってなかなか無かったぜ、という耳を疑うようなお値段だ。





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予約の電話を女将のところに入れたら、「汽車の人?」と聞くので、はあと答えたらちょっと返事を待ってくれとの事。

実は先客が居たのを別部屋に移動してもらい、「鉄御用達」とも言うべき最高の角部屋を用意してくれたらしい。

窓を開けると目の前は大井川鐵道の線路で、その向こうは大井川の河原が広がっている。

確か中井精也氏や廣田尚敬氏ら、お歴々のお泊りの部屋でもあったはず。これには感激。

しかし隣室のいびきがこちらまで響いてくるというのは、かなり得難い体験でもあった。


121年前といったら、明治28年。大井川鐡道はまだ開通していない。

女将によれば大井川の水運がその時代の唯一に近い交通手段で、宿の目の前には船着き場があったのだという。

壽記多屋は駅前旅館ではなく、港の旅館だったのだ。

川を行き来したのは、奥大井の原木か、川根の茶葉か。

小舟や筏を操る船頭や材木人夫は、大井川中流域では古くから開けていたと思われるここ家山に上陸し、

一夜の夢を結んだのだろうか。

風太郎が泊まったこの部屋も、かつては荒くれ男たちが川風に吹かれながら大酒を飲み、

喧嘩騒動でも起こしていたのかも知れない。そんな想像も巡らすと愉快である。


女将は相当な高齢ながら、矍鑠として旅館業を営んでいるようだ。

建物そのものは古くとも掃除が行き届き、飴色に光る廊下は丁寧な雑巾掛けを思わせた。

夜も更けた頃に到着し早朝出立の風太郎なので、女将の昔話を聞く時間があまり取れなかったのが心残り。

それでも朝ご飯の支度でちゃんとお見送り出来なくてすいません、と恐縮しながら笑顔で送り出してくれた。

宿屋の本分として一夜限りの風来坊を受け入れ送り出してきた121年間の、小さな自負が小柄な背中に透けて見えた。






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   大井川鐡道  家山  (電車先頭部右側が壽記多屋旅館)



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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2014/11/24 19:09 ] 最近の旅 中部甲信越 | TB(0) | CM(12)

この道を車で通る時は、いつも進行方向のガード下ばかりに気をとられ、旅館があることには全く気がついていませんでした。
大井川鐵道を部屋から撮影できる宿があることは知っていたのですが、この宿だったのですね。

大変いいお話、ありがとうございました。
[ 2014/11/24 19:41 ] [ 編集 ]

宿屋の品格

高辻烏丸さま

大井川には足繁く通われている高辻烏丸さんですからご存知かと思っていました。
正直、泊まるにかなり勇気が必要な旅館では、と疑っていたのですが、
「いびき」はともかく、思ったより清潔でいい旅館でしたよ。
古くとも宿屋としての品格を感じました。
大井川来訪の節には是非泊まられてみては。
[ 2014/11/24 21:31 ] [ 編集 ]

あかんあかん

やはり…行きたくなりました!!

ただ、この旅館私のようなうら若き女性は泊まれませんね…(*^^*)

うら若き…は、間違い…ハハハ(((^^;)

座敷わらしでも出てきそうな…(*^^*)

やはり…南海車両良いなあ♪
[ 2014/11/24 21:33 ] [ 編集 ]

うら若き女性には・・・、

くるみ さま

そうですねえ。さすがにうら若き女性の一人旅にはお勧めしかねますねえ。
昔々の旅館のカタチが奇跡的に残っていると考えれば趣があるのですが、
座敷わらしはともかく、夜、トイレとか行くのはちょっと勇気が要りますよお。

川根温泉に立派なホテルが出来たようです。
お値段はそれなりですが、大井川撮影の拠点としては一番のお勧めかも。
多分、窓から鉄橋を俯瞰なんていう横着撮影が可能では、と想像しています。
[ 2014/11/24 22:05 ] [ 編集 ]

すぎたや

こんばんは。

早速、例の旅館ですね。

この旅館、私も以前からとても気になっていたのですが、
なかなか敷居が高そうな感じがして、禁断の扉を開けられないでいました。
それにしても外観からは想像も出来ないくらい、中は素敵なんですね。
階段や廊下のお写真を拝見すると、「おっ!」と唸ってしまいました。
ここで一杯やりながら、窓辺の列車を眺める・・・ 最高ですね!

因みに創業○○年のとこは、ちゃんと毎年書き換えているんですね。
[ 2014/11/24 23:09 ] [ 編集 ]

商人宿の心意気

いぬばしりさま

予定稿ではあったのですが、お約束の通りです。
写真は夜撮ったので疲れていてあまり仔細に観察していなかったのですが、
廊下のきれいさなどは失礼ながら外観とはうらはらに・・・という感を改めて。
さすがに121年続いた老舗です。心意気を感じました。

看板はなかなか書き換え出来なくて、と女将は行っていましたが、
お客さんに指摘されるのか、ちゃんと書き換えてありましたね。
[ 2014/11/25 00:15 ] [ 編集 ]

泊まられましたか

私も一度予約を入れましたが、
あえなく満室でいまだ実現していません。
なんとか次回は・・・。
[ 2014/11/25 22:30 ] [ 編集 ]

奇跡の宿

マイオ さま

鉄以外にも商用なのか工事関係者か、長逗留しているような人もいて結構繁盛しているようですね。
一発で泊まれたのはかなりラッキーだったかも。

現代に生き残っているのが奇跡のような宿です。
[ 2014/11/25 23:46 ] [ 編集 ]

旅館

風太郎さま

趣のある良い旅館ですね。
そう言われれば、かつて誰かから話を聞いたような・・・

線路からの距離も絶妙で一度は泊まってみたい旅館です。
[ 2014/11/26 13:29 ] [ 編集 ]

庶民の文化史

狂電関人 さま

正に文化財的な宿です。庶民の文化史としてこういうものも後世に伝えてもらいたいものです。

そういえば我々が泊まった日出谷の「朝陽館」もこんな障子一枚で仕切られた宿だったような、
おぼろげな記憶があるのですが。
[ 2014/11/26 22:51 ] [ 編集 ]

風太郎様

壽記多屋旅館のことを詳細に書かれた文面 興味深く拝聴させて頂きました
創業は121年前。建物はその時のままという・・・それでいながら清掃は行き届いているとのこと
やはり 文化財的価値がありますね
4枚目  5枚目に磨きあげた床がよく理解に及びます


全国津々浦々の駅前商人宿には散々泊り、オーナー一家の息子の部屋でも寝た事がある風太郎・・・
当時の風太郎様にお会いしたかったです

最後のお写真を拝見すると・・・・ 、「汽車の人?」と聞くので、・・・の意味がよく理解に及びます

女将の昔話・・・聞く時間が長く取れたなら・・・
風太郎様の壽記多屋旅館エッセイが存分に拝聴出来たことでしょう
[ 2015/06/27 06:00 ] [ 編集 ]

奇跡の旅館


りらさま

セキュリティという面で緩すぎな宿泊施設がそれでもかつては主流であったという事実は、
日本人本来の穏やかで協調的なところや、素朴な道徳心のようなものと無関係とは思えません。
それは今も受け継がれていると思いますし、私達はもっと隣人を信じるべきなのかも知れません。

奇跡のように残った旅館は黙してそんな事を語りかけるのかも知れませんね。
[ 2015/06/28 00:50 ] [ 編集 ]

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