追悼 高倉健  その4    「ジャコ萬と鉄」

ジャコ萬b2




1964年公開。風太郎が生まれた頃の映画だし、録画したビデオも行方不明なのでうろ覚えではあるが。

舞台は終戦間もない頃の、ニシン漁に沸く留萌地方。漁期に備えて漁夫をかき集めるニシン番屋である。

映画の冒頭辺りに、留萌本線か羽幌線か、汽笛を響かせて通過する客車列車も出て来る。

金にはなるが典型的な季節労働であったこの仕事に従事したのは、主に出稼ぎや正体不明の流れ者が多くを占め、

借金取り位ならまだしも、中には警察に追われているような者も紛れ込んでおり、網元はそれと知りつつも匿う様な事も有ったらしい。

もちろんそれは時化の海など命の危険がある仕事を率先して引き受けるという、冷徹な掟の下での事であったが。

ギラギラした生のかたちが混沌と詰め込まれた、当時のニシン番屋の風俗が手に取るように描写されている。


網元は漁夫の中に通称「ジャコ萬」(丹波哲郎)が紛れ込んでいるのを知り慄然とする。

終戦間際の樺太で、迫るソ連軍を前に網元はジャコ萬を裏切り自分だけ首尾よく逃げ出した過去があり、

ジャコ萬は復讐の為やって来たのだ。狼藉の限りを尽くすジャコ萬。

そこへ現れるのが死んだはずの網元の息子、鉄(高倉健)である。

父の代わりにジャコ萬と対峙する鉄。男と男の火を噴く様な対決が始まる。

ヤクザ者がすっかり板に付いていた当時の健さんには珍しく、ここでは若大将的なナイスガイとして描かれているのが珍しいかも知れない。


やがてクライマックス。海を真っ黒に染めて遂にニシンの群れがやって来る。

この時を待っていたと一切の出漁を妨害し、「30分でニシンは逃げる。そしたらお前は破産」と高笑いするジャコ萬。

鉄との最終対決やいかに。


日本がまだ貧しかった頃、北辺の漁場においてそれぞれが生きる事に必死な人間群像である。

ジャコ萬とて極悪人というより、戦争の傷跡を背負い孤独で悲しげな人物として描かれている。

丹波哲郎も最後は「霊界」ばかりが目立ったが、こうして見るといい男だね。

キャラの立ち方として丹波に主役を奪われた感はあるが、若き日の健さんもまた爽やかである。

寡黙なイメージとはうらはらに饒舌で陽気な素顔があったらしいが、立て板に水で啖呵を切るあたりは

これが彼の実像に近かったのかも知れない。


ニシン漁興隆の話や史跡はこの地方で散々見聞きするけれど、残されたモノだけで往時を想像するのは難しい。

こんな時代と世界があったのかと、生々しく追体験させてくれるのも映画の存在価値だろうか。

荒涼とした日本海の海辺の描写も印象的だった。写真は、多分場所も近いと思われる雄冬に向う海岸で。





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    北海道 雄冬海岸    1992年 




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[ 2014/12/13 21:47 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(5)

ニシン漁

風太郎さま

その最盛期がどうであったかは電関人に
知る由もないけど、
今も小樽の高台に寂しく構えるニシン漁だけが
当時の栄華を良く物語っていますね!
[ 2014/12/14 09:11 ] [ 編集 ]

生活の痕跡

狂電関人さま

数年前に旧羽幌線沿線の小平に保存されたニシン番屋を見学した事があります。
中心の土間を囲む狭い板の間にザコ寝だったという漁夫の暮らしは、タコ部屋的な過酷さも想像させましたが、
未だに煮焚きの匂いが残る炊事場や大釜など見れば、確かに生々しい生活の痕跡を感じる事も出来ます。
知っておくべき秘められた歴史はまだまだありますね。
[ 2014/12/14 10:31 ] [ 編集 ]

訂正

風太郎さま

文中、「ニシン漁」⇒「ニシン御殿」でした!
[ 2014/12/14 22:26 ] [ 編集 ]

風太郎 様

高倉健さんへの思い 拝読させて頂きました
風太郎様は敬愛されていたのですね
ニシン魚のことは あまり知りませんでしたが 記事により興味を持つことが出来ました
色々なことを教えて頂き感謝しています



お写真 海の中 突如出現したかのような 巨岩かのように見えます
自然の造形美には いつもながら驚きを覚えます
日本には これほど 厳しく環境でも美的である自然があるのだと感動しています

[ 2015/06/17 19:59 ] [ 編集 ]

時代を背負って


りらさま

健さんは役者としての魅力ももちろんですか、粗製乱造も含めた映画に出まくり、
この国を通り過ぎた様々な時代を、その背景に見せてくれた事も感謝すべきと思っています。

岩は確か烏帽子岩と名付けられていたと思います。確かに烏帽子ですね。
北海道の日本海沿岸はこんな奇岩怪石が連なって、最果ての感が深いです。
[ 2015/06/17 21:52 ] [ 編集 ]

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