細道

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   蒲原鉄道  七谷     1982年




一夜にして背丈を越す豪雪に見舞われる土地ならば、幹線道路こそ機械化された除雪の恩恵を受けるものの、

ささやかな集落を結ぶ小径などは人の手をもって道を拓くしかなく、結局線路しか歩けない事も多いのだった。

事の良し悪し云々が空虚な程、それはこの土地の日常にごく当たり前に溶け込んだ風景だった。

鉄道が消えるという事は、冬季の貴重な生活道路が消える事も意味していた。

大豪雪に閉ざされる越後地方の報も聞けば、今蒲原の里の暮らしはいかばかりか、ふと想いを馳せる。






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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2014/12/21 23:27 ] 昔の旅 蒲原鉄道 | TB(0) | CM(6)

蒲原冬図

風太郎さま

こういう沿線の生活風景、良く押さえられていて
感心いたします。
[ 2014/12/22 20:11 ] [ 編集 ]

余裕

狂電関人 さま

この頃の蒲原は上下列車合わせれば30分に1本位は走って来た訳で、
それを撮る以外の余裕など無かったはずですが、こうして見ると結構撮っていますね。
単なる列車写真などいつでも撮れるという余裕が逆にあったのでしょうか。
数少ない列車を追うだけであたふたと一日が過ぎる今日は何なのかと考えてしまいます。
[ 2014/12/23 08:31 ] [ 編集 ]

確かに…、

1980年代、鉄路が一番除雪されていたような…。
昨今、グレーゾーンが排除される風潮、
昭和を生きてきた一人としてなんとなく気になります。

風太郎さま、

弊ブログで貴ブログへのリンクを張らせていただいてもよろしいでしょうか。
[ 2014/12/31 22:15 ] [ 編集 ]

自由の責任

32Count さま

列車が錯綜する都会の線路は言語道断と思いますが、
全く異質なものを一括りの単純なルールの下に置いて安心する所が社会の幼児化なのです。
責任を伴う自由というものを噛みしめたいと思います。

リンク、もちろん結構です。相互に貼らせていただきます。
[ 2014/12/31 22:45 ] [ 編集 ]

風太郎様

集落のそこかしこが雪で埋もれていたのでしょう
唯一 鉄道員の方の汗により除雪された線路の上を歩くことしかなかったのでしょうね
傘をさしています
撮影時も雪は降り続けていることが それだけではなく右手の森林に見ることが出来ます

線路の上を歩く人は見たことがあります
しかしながら このお写真のように 雪の中線路のみを頼りにして歩く方を見たことがありません
写真でもありません
リアルに私の心に迫ってきます
風太郎様のお写真に出合えたことは 私の無常の幸せです
[ 2015/06/12 19:49 ] [ 編集 ]

大人の約束


りらさま

今も昔もルール以前に都会の線路を歩いたら危険過ぎますし、
子供の頃から「線路の近くで遊ぶな」と言われて育ちましたから。
長じて日本の片隅を旅するようになって、線路を悠然と歩く人を見た時は、
これはとんでもない異境に来たと思ったものです。
そんな異境たるローカル線とそれを取り巻くものにどんどん引き込まれていった、
ひとつの記号が「線路を歩く人」だったかも知れません。

「線路を歩く事」は究極の自己責任、そして鉄道会社に絶対に迷惑を掛けない、
必ず存在する「限度」というものを忘れないという、暗黙の約束があって許し許されるのです。
昨今、あらゆる場面でそんな「大人の約束」が消え失せようとしています。
これを社会の幼児化といいます。嘆かわしい事です。
[ 2015/06/12 21:56 ] [ 編集 ]

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