追悼 高倉健  その6    「鉄道員」

popoya1b.jpg






「追悼 高倉健」もまだまだ語りたい映画は尽きないのだが、年も改まる事だし、そろそろ締めということで。

拙ブログの趣旨からすれば、トリはこれにしない訳にもいくまい。


実は原作をかなり早い時期に読んでいて、ネタは全て分かっていたというのが実情なのだが、関心は2点に尽きる。

ひとつは誰が演るのか。健さんの駅長は、もう原作を読んでいる時からその顔がオーバーラップしていたから、さもありなん。

しかしもう一人、高校生くらいの女の子という極めて重要なキャスティングがあるはず、誰や?えっヒロスエ?、違うだろおおお。

もうひとつは新書版でわずか38ページに過ぎない短編小説をどう2時間近くの尺まで引き延ばすのか。




駅員の物語である。鉄道員いろいろあれど、颯爽と乗務する機関士などと比べれば地味で、田舎のローカル線ともなれば

結構暇そうに見えてしまうという損な役回りかも知れない。

しかし少なくともこの映画の舞台ともなった北海道の僻地では特に高度成長期以前、大分事情は違ったようだ。

多くは鉄道以外の交通手段がほとんど無い土地に、さながら開拓農民の如く駐在するものであったらしい。

家族共々駅に隣接する官舎に住み、主人公の乙松のように独り身というのは珍しかったようだ。

それはむしろ家族労働が無ければ成立しなかった仕事かもしれない。

列車は走っても駅が機能していなければ意味が無い。大雪が降れば駅周辺からホームまでの除雪を、

始発前のしばれる闇夜に行うのは家族総出の作業だったとも聞く。

そんな家族に生活物資などを届け、外界との繋がりを維持するための「配給列車」が存在した程だ。




bakkai19881take1b.jpg
    宗谷本線  抜海      1988年





仕事に対しあまりにストイックな駅長を演ずる健さんは制服が似合う。

もともと任侠物の着流しがトレードマークだった彼が、後半生、軍人や警察官、鉄道員といったお固い制服系が似合ったのは面白い。

彼の芸域が広かったというより、愚直なまでの正直さといったものを日本人の美学として彼の背中に投影するに、

ヤクザであろうと、かっちり制服であろうとそれはどうでもいい事だったのかと思う。

もちろん健さん駅長のストイックさは、もはやファンタジーの域と見る向きもあるかもしれない。

しかし戦後の近代化が地方まで及ばぬ時代、配給列車が支えた家族のように給与労働の域を超え

献身的に職に殉ずる人々が鉄路を支えたこともまた事実である。

風太郎が旅した1980年代でも、「一人ぼっちの駅長」はまだまだ存在していた。

風雪のホームに立ち、電球を灯した夜の駅で黙々と事務を執る姿は映画の中の健さんそのままだったように思う。







P6157784b.jpg
   根室本線   幾寅       2009年  




根室本線幾寅。この映画の舞台となった「幌舞駅」である。

駅舎は昔ながらの純北海道建築が残っていたのをそのまま流用したものだが、周辺には「だるま食堂」など、

この映画の為に建てられたロケセットがそのまま残されている。

駅舎の中にはメイキングビデオが流されており、機関士の帽子を被り脚立に上がったキャメラの木村大作がひたすら怒鳴り散らしている。

ホームは駅舎から階段を数段上がったところに在り、この駅がロケ地に選ばれた理由のひとつらしい。

駅のガラス戸を開けてから、ホームに出るまでの「間」がいいのだという。

駅周辺は山間の僻地で小さな集落はあるものの、大勢のロケ隊に食事等提供できるような施設は無く、

見かねた集落の婦人会が朝晩炊き出しをして彼らの胃袋を満たしたらしい。

凍える雪の夜、山奥の駅舎を囲んでもうひとつの「ぽっぽや」の物語があった事を知る。





P6157791b.jpg

P6157773b.jpg

P6157816b.jpg





原作通り、小さな駅舎の中の一晩の物語として濃縮して欲しかったという気もするが、それは難しい注文だったろうか。

映画は原作に登場しない人物をテンコ盛りにし、話を膨らませるだけ膨らませて2時間の尺を埋めた。

何事にも一生懸命ないい人しか登場しないが、それはこの国に生きる人々の奥底にあるはずの、勤勉で優しい心根を讃えたものと解したい。

ユッコはヒロスエじゃなくて、もっと鈍臭い女のコだったらと思うが、ネタは分かっているのに泣けた。風太郎は根本的に涙脆いのだ。

でもこの映画で一番好きな場面は、本社から幌舞線の廃止を告げる仙ちゃんの息子を、電話で諭す健さん駅長だ。

「お前もぽっぽやだべ、他にやる事があるんでねえか。俺は悔いはねえ。」


名優死すとも残された映画は永遠にその息遣いを伝え、励ましてくれるような気がする。

ありがとう健さん。  

合掌。




蒲原鉄道 大蒲原ポイント点検3 原版 16bitRGB X970take1b
    蒲原鉄道  大蒲原     1982年





HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved


「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります!
 ↓
にほんブログ村 鉄道ブログ ローカル線へ
にほんブログ村

スポンサーサイト
[ 2014/12/28 22:04 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(14)

リンク

連張り申し訳ございません。

実は高倉健さんについては、あまり詳しくなかったので
今までの内容につきましては「そうだったのかぁ」と拝見させて頂いたのですが、
この「鉄道員」に関しては、私も存じ上げていますので「うんうん」と読ませて頂きました。
それにしても鉄道員の内容もさることながら、風太郎さまの撮影されたお写真が
見事、映画にリンクされておりますね。改めてその写真力を感じた次第です。

鉄道と、その周りの匂いまで感じさせるお写真を撮られてきた風太郎さまだから成せる業ですね。
[ 2014/12/28 22:52 ] [ 編集 ]

風太郎さん、いつもありがとうございます。
素敵な画像ですね。どこか懐かしい写真ですね。
最後、駅員が線路にいる姿、かっこいいです。
これからも楽しみにしています。
[ 2014/12/28 22:53 ] [ 編集 ]

ぽっぽや

いぬばしりさま

「鉄道員」は数ある出演作の中でもまさにはまり役でした。
今となっては遺作はこれであって欲しかった位です。
時代設定が不詳の映画でしたが、若い頃の旅の情景が幌舞駅の佇まいや健さんの後ろ姿にダブるところがあって、
それも涙腺を緩ませる原因だったかもしれません。
[ 2014/12/29 00:10 ] [ 編集 ]

かっこよさ

高校生さま

すいません。URLが分からないのでどちら様だったか、という体たらくなのですが、
日頃お邪魔させていただいていますでしょうか。

あまり昔の事を言っても年寄りの薀蓄になってしまって面白くも無いかも知れませんが、
鉄道の何処を撮っても絵になった時代がありました。
しかし今は今の「かっこよさ」もあると思います。若い方でしたら今のかっこよさを是非見せて頂きたいです。

こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします。
[ 2014/12/29 00:18 ] [ 編集 ]

時間の堆積

最後のモノクロ、駅員さんの後ろ姿が、どこか「健さん」とイメージが重なる気がしました。
80年代の写真、どれもいい写真ばかりですね。
鉄道写真は門外漢の私ですが、風太郎さんの写真は鉄道写真の枠を超え、鉄道を通して見た時代と地域のドキュメンタリーとしての要素があり、それが見る人を惹きつけるのだろうと思います。
来年も引き続き楽しませて頂きます。(^_^)
[ 2014/12/30 08:19 ] [ 編集 ]

大蒲原の駅員

風太郎さま

なんだか映画とオーバーラップしますね!

締めのカットがこれっていうのが良いです。
[ 2014/12/30 10:31 ] [ 編集 ]

ドキュメンタリー

m_HAL さま

有難うございます。
初めてカメラを持った時から撮り鉄というよりは農村ドキュメンタリー的なものに憧れていましたし、
当時手本になるような作品に恵まれていた事も幸せだったかと思います。
それでも鉄道をキーとする事は結局何を撮りたいのか中途半端になる所もあって、
撮り鉄側からも非鉄側からも理解されない事が多かったのですが、
昨今理解していただける方が増えているのは時代の移ろいも実感します。

実のところ、鉄道以外の写真を見る方が楽しかったりしますし、新しいインスピレーションを頂けます。
こちらこそ楽しませていただきます。
[ 2014/12/30 10:34 ] [ 編集 ]

繰り返し

狂電関人さま

大蒲原は普段は無人駅なのですが冬季の昼間だけ駅員が居ましたね。
除雪列車の都合上普段は無い列車交換があったからと思いますが、
通常は使わないポイントの具合を点検に来た帰りです。

そこで生まれ育ったとはいえ、風雪の中黙々と日々を繰り返す、
人生のかたちに想いを馳せたものです。
[ 2014/12/30 11:14 ] [ 編集 ]

映画の場面と重ね合わせながら読ませて頂きました。
見事な名文、いつもながら感服です。
写真家として名を成した人はみな文章が上手いのですが、風太郎さんもまさにプロの風格です。

今年は写真展にもおいで頂きありがとうございました。
お会い出来てとても嬉しかったです。
風太郎さんも是非個展目指されて下さい。
開催を心待ちにしています。
それでは来年もどうぞよろしくお願い致します。
[ 2014/12/30 18:28 ] [ 編集 ]

鉄道の世界

はせがわ さま

長々した文章にお付き合いいただき有難うございます。
「鉄道員」に出てくる情景や駅長の所作は若い頃見てきたものそのままで、
ただそれだけで涙腺が緩み、筆が進むところがあります。
鉄道の世界には、昨今の「撮り鉄」ブーム等ではまだまだ掘り起こし切れていない深さがあって、
だからこそ飽きないのかなあと思っています。

写真展、そうですね。
はせがわさんのエネルギーに負けないよう蛮勇を奮い立たせようかとも思っております。

こちらこそ来年もよろしくお願いいたします。
[ 2014/12/30 21:05 ] [ 編集 ]

こんばんは

私はこの映画、試写会で観ました。

まだ妻と2人の頃、私だけが当選し、ひとり夜の試写会へ出かけたのですが、来ていた方々の年齢層が高く、しかも女性が大半で...おそらく健さんのコアなファンの方が多い中での会でした。

で、終わって明るくなった時の周りの雰囲気がなんともいえない不思議な感じだったのを覚えています。
皆さん感動の度合いがかなり強く、その雰囲気が空気で伝わってくる様な。
私も、健さんの背中で伝える演技も含め、良い映画だと思いましたが、熱烈な健さんファンの中にひとり私が場違いだけどなぜかそこにいるというか、そんな感じでした。

さておき、広末については、私も?な感じはしますが、あまり人くささを感じさせない個性というか、人でない人を演じるには結構ハマっていたようにも思います(今公開されてる映画もそういう意味では同様かもしれません。)。
それより、大井川鉄道で撮影されたであろう、架線下での蒸気の走行シーンについて、それはちょっとどうかと思いつつ...。

さておき、この話で描かれた鉄道員は、昭和な雰囲気の健さんだからこそ演じることができた、不器用に駅を1人で最後まで頑固に守る姿だったのではないかと思います。

そういう意味で、最近の若い人って、とっても器用で柔軟なんだけど、存在感が軟弱な気がするのは私だけでしょうか?
[ 2014/12/30 22:35 ] [ 編集 ]

プライド

山岡山さま

この映画を見る人の評価は、「これほど職に対する自己犠牲に満ちた人物が存在するのか?」という疑念を、
どう消化するかに左右されるのかと思います。

かつての国鉄には、二日酔いで乗務しつつもそれが原因で手元が狂う様な事があれば、
まず自分に対して恥ずかしいというような、職に対するプライドがあったと聞きます。
今はプライドの代わりにコンプライアンスが鉄道現場を支えていると思いますが、
自身から湧き出るプライドで生きている人間は強かったのだろうと思いますね。
実在するしないはともかく、そんなプライドと共に生きる強い人間への憧れが、
この映画には詰まっていたように思います。

小さい演技が得意な俳優は居ても、ただ雪のホームに立っているだけで絵になるような、
大きい演技が出来る俳優がこれから出るのだろうかと思う所もあります。

存在感は若さの中からは出すのは難しいかも知れませんね。
私達の世代が出すべき存在感とは、と自問する日々でもあります。


[ 2014/12/30 23:53 ] [ 編集 ]

風太郎様

風太郎様の渾身を込めて書かれた文面 数回拝読させて頂きました
「鉄道員(ぽっぽや)」鑑賞しました
しかし公開当時はまだ小学校だったと思います
高倉健さんのお名前は知ってはいましたが 興味が湧く年齢ではありませんでした
後年 テレビ放映で鑑賞しました
私は テレビ放映の映画は見ることはまずないのですが・・・・
「鉄道員(ぽっぽや)の評判が時代を経ても良かったこと・・・
あと風太郎様におかれてはミスキャストかと思われる広末涼子が私の通った高校の先輩で興味があり見てみました
原作は読んでいません
そのような安易な気持ちで見た映画でしたが 最初から最後まで魅せられました
この駅から通う学生たちと話す鉄度員の方
こんな駅があったらいいのにな・・・とも思いました
最後のシーンではかなり泣きました
私が駅舎やローカル腺に興味を抱く機会になった映画であることは間違いありません
それが風太郎様のブログに繋がる結果ともなっています
風太郎様とは見解が異なりますが 高倉健さんには 無法松の一生を最後に演じて頂きたく思っていました
高倉健さんの人力車夫・富島松五郎はどれほど素晴らしいものでしたでしょう
現在の映画界でこの役を演じることが出来るのは 高倉健さんしかありえないと今でも思っています

最後のお写真
映画を想いだし感動しました
[ 2015/06/05 19:56 ] [ 編集 ]

愚直なまでに


りらさま

毎度お付き合いいただき有難うございます。

健さん駅長の愚直な生き方に若い世代が共感出来るなら嬉しい事ですね。
何事も要領よく、決して損する側、負ける側に回ることなくスマートに世間を渡っていく人物ばかりが
もてはやされているように思えてなりません。
日本人の愚直なまでの真面目さと、それを讃える優しい心根が戦後の日本を立ちあがらせたと、改めて思う様な映画でした。

無法松の一生ですか、それはもう涙が出そうなはまり役ですね。
それは永遠に見る事は出来ませんが、天国にも監督さんが居て、往年の名優相手に撮っていたら愉しいなあと思いますね。

[ 2015/06/05 20:30 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://futaro1980.blog.fc2.com/tb.php/863-5119e625