銀山好日

函館本線 銀山2 1984年2月 日 16bitAdobeRGB原版 take2b
    函館本線  銀山       1984年





ある意味列車本数が少ないから出来る事だが、基本的に風太郎は同じ場所で2本の列車を撮るという事はせず、

1本毎に場所を変える。それは今も昔もあまり変わらない。

同じコストが掛かるなら少しでも写真のバリエーションを増やしたいという、これまた貧乏性がそうさせるのだが、

結果的に列車のダイヤに追いまくられた場所探しを余儀なくされ、最近の老体にはいささか辛くなっているのも事実である。

また、あまり多くはないが単独行でない場合もさすがに周囲が音を上げるから自重もする。


30年以上前になった銀山。

この時は大人数だった事も有り、駅周辺にまる一日近くへばりついて撮ったので、同じような写真が結構ある。


駅員氏は冬季だけ配置の運転要員という予備知識も無かったが、当時の北海道ではごく小さな駅にも駅員は居たから

別に不思議では無かった。

雪の深山に孤立したように建つ駅。

流れるスローな時間に合わせる様に撮った事も、今となってはいい思い出である。


ご多聞に漏れぬ雪山登山の末の俯瞰撮影もやったが、それはまた後日。






HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved


「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります!
 ↓
にほんブログ村 鉄道ブログ ローカル線へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

ぽっぽ屋

こんばんは。

去り行く列車を見守る駅員さん、鉄道員の世界ですね。
私ももっと、このようなお写真を撮っていれば・・・
と、風太郎さまのお写真を拝見して痛感する次第です。

[ 2015/01/17 23:26 ] [ 編集 ]

「型」

いぬばしり さま

少なくとも「本線」と名が付いていれば駅員のいない駅の方が珍しかったはずです。
当時の鉄道は駅員の動作にも「型」がありましたから、先回りしてカメラを構える事も容易でしたね。

日高本線長期運休の悲報、やっぱり大狩部でやっちゃったかという感じですね。
予定変更して山線筋でもまた行こうかなあと思っています。
[ 2015/01/18 00:12 ] [ 編集 ]

おはようございます

列車を見送る駅員の後ろ姿と着雪した旧型客車(この頃はまだ‘雑客’が適切かもしれませんが...)の後ろ姿、たまらない組み合わせだと思うのですが、一瞬、高倉健を連想してしまいました。

私が小学生の頃でも、交換駅で無人はさほど多くなかったように記憶しております。基本的に常駐だったと思いますし...(当時、夜中に走る夜行列車の通過時間は、駅員の方に聞けば分単位で教えてくれました。)。

今では、主要駅を除き、駅と言えば無人が基本になってる気がしますし、有人でも委託や営業時間が制限されてたりと...。
営業時間が決まっていた商店が、24時間営業のコンビニに変わっていったのと対照的ですよね。
[ 2015/01/18 10:00 ] [ 編集 ]

温もり

山岡山さま

列車を迎え、送るのが駅員の仕事で、ある意味単純な作業の繰り返しなのですが、
ひとつひとつの動作を愚直なまでに誠実に行う姿が、鉄道への素朴な信頼感や親しみに繋がっていたように思うのです。
人間の作業を機械が代行出来るようになり、経済効率が高まるのも悪い事ではないですし、
ひょっとしたら機械の方がミスは無いのかも知れません。

でも効率論のみがまかり通るのも寂しい人の世です。
鉄道に昔の姿は帰ってこないまでも、人の手の温もりはどこかで残って欲しいなあと思いますね。


[ 2015/01/18 11:22 ] [ 編集 ]

風太郎さん おはよ~♪

駅員さんの列車を見送る後姿がいいですね。
無事を見守る気持ちが伝わります。

冬の北海道の寒さはどんなんでしょう?
耐えがたい寒さなんでしょうね。
寒さが伝わる写真の中に駅員さんの後姿が暖かさを感じます。
なんかほのぼのとして良い写真ですね。
[ 2015/01/19 09:17 ] [ 編集 ]

日常の風景

風太郎さま

あの頃には、それこそ日本の彼方此方で当り前の日常風景だったのに、
随分と遠い景色になってしまいましたねぇ。
赤いテールランプだけを棚引かせて去りゆく
客車列車の風景もあと幾何か・・・。
[ 2015/01/19 12:43 ] [ 編集 ]

寒いです

ケイコさん

寒いですよお、冬の北海道は。寒いというより痛いです。
この日は比較的暖かな日だったように記憶していますが、それでも-10℃は下回っているはずです。
駅員氏も普通はコートを着るのですが、着ずに頑張っていますね。かなり寒いはずですが。
人も列車も後ろ姿というのはどこかドラマがあります。

大切なものを失なわれたご心痛はお察しいたします。時が痛みを癒してくれることをお祈りいたします。
[ 2015/01/19 21:13 ] [ 編集 ]

去りゆく汽車

狂電関人さま

去りゆく汽車というのは良いものですね。
やって来るのより去りゆく方が好きです。
どこか遠くへという憧れに通じるのでしょうか。
エンジン音も無くしずしずと遠くなってゆく、客車列車の音にならない音が耳に残ります。
[ 2015/01/19 21:21 ] [ 編集 ]

風太郎 様

長靴を履いた後ろ姿
その姿は右肩が下がっています
その姿勢に走り行く 列車の無事を見守る心を感じます
後ろ姿でこれだの表現力
いいえ・・・後ろ姿ゆえでしょうね
風太郎様の鉄道員の方を見る視線 それが敬意あるものであることを感じずにはいられません
一枚のお写真の語るものは大きなものであり 私の心まで迫ってきます

駅周辺にまる一日近くへばりついて撮ったので・・・
現在も同じようにされているように思いますが・・・

最近の老体・・・・
到底思えません
お写真がそうではないことを証明しています
[ 2015/04/15 20:33 ] [ 編集 ]

黙々と

りらさま

お返事書きで大変だったでしょうに、こんなに遡ってコメント頂き有難うございます。
りらさんの文豪ぶりはもう驚嘆しかありません。

後ろ姿は結構ものを語りますよね。特に制服が象徴するような、ある使命を背負って立っている人は。
この駅の駅員は運転要員と言って、切符の販売の様な営業の仕事は行わず、
たった一人で上下列車の交換に伴う閉塞(列車同志を衝突させないための作業)のみに携わっています。
山奥でほとんど乗降客は無くとも、運転上は要衝になっている駅なのです。
作業そのものはぶっちゃけ単純と言えば単純なのですが、ただ黙々とそれを繰り返す人間の姿がありました。
日本人が本来持っている、真面目で誠実な心根が当時の鉄道を支えていたのかも知れません。
人の幸せの在りかといった随分飛躍した事まで、当時の青臭い風太郎はその背中に思ったりしたものです。

その後幾星霜、老体は進んでいますよー。最近相当無理してるよなあと、時折溜息です。



[ 2015/04/15 22:19 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://futaro1980.blog.fc2.com/tb.php/873-76bc760d