北紀行  その8      山線残照③  小沢の跨線橋

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   函館本線  小沢      2015年1月




枯れても小沢というところか。

この駅のシンボルともいうべき跨線橋は健在である。倶知安側の側面には変な化粧版が貼られて興醒めではあるものの、

木枠の窓も一部に残っているのは往時を少し偲べる。

無人化と共に建替えられた駅舎は撮る気も湧かないが、もともとそこには国鉄岩内線のホームがあった。今は寂しく標柱が立つ。

跨線橋の内部には「良い旅を 小沢駅職員一同」の添え書きと共に、盃温泉や雷電海岸など岩内周辺の観光地の油絵がそのまま残されている。

鉄路の要衝の記憶を宿した跨線橋は、しんしんと降り始めた雪の中で静かに時間を停めていた。






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31年も昔の事となった、かつての小沢。

画面左隅には発車を待つ岩内線の気動車が見える。下り客車列車が倶知安峠を目指す。






函館本線 小沢 夕暮れ1 1984年2月 16bitAdobeRGB原版 take1b
   函館本線  小沢     1984年



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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2015/02/18 22:00 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(12)

風太郎様

三枚目のお写真
旧国鉄岩内線一番線ホーム跡地
その跡地の文字に何故か悲しみをおぼえます

四枚目のお写真
跨線橋ですよね
そこにある白
列車にある白
線路にある白
寒さ厳しいでしょうが・・・・
私には白の独自の美を感じずにはいられません

五枚目のお写真
冬支度の女性
階段に向かう後ろ姿
多くの荷物は?
物語性ある 素晴らしいシーン
暫し 見とれました
[ 2015/02/18 22:23 ] [ 編集 ]

時計が停まった駅

りらさま

かつて鉄道の要衝として隆盛を誇ったこの駅も寂しい限りです。
抜け殻のように雪に埋もれる様は諸行無常も感じるのですが、
そんな駅にもはっとするようなお洒落な女性が乗り降りしたりするものです。
時計の針が停まった様な空間と、今を生きる人々の息遣い。
それもまた、現代のローカル線の風景です。
[ 2015/02/18 23:16 ] [ 編集 ]

ああ、小沢駅…、

寅さんの第5作で舞台になりました。
ロケに使われた駅前旅館、C623の復活運転が行われていた頃は健在でしたが、
今はどうなんでしょうか!?
木造の跨線橋がかつての賑わいを偲ばせてくれます。
きっと煤煙がこびりついているのですね。

DDの小沢駅出発、蒸気機関車なみの爆煙です。
[ 2015/02/19 11:33 ] [ 編集 ]

小沢

風太郎さま

昨秋蒸機を追った際、一番雰囲気があったのが
やはり小沢でしたね。
残念ながら追っかけダイヤで車を走らせていて、
その行程に小沢を織り込むことができませんでした。
今一度、静寂を取り戻した山線を撮りに行ってみたいです。
[ 2015/02/19 12:21 ] [ 編集 ]

小沢の風景

32Countさま

寅さんに出ていたとは知りませんでした。早速見なきゃ。
山田洋次監督は鉄が入っていたそうで、貴重な映像を結構残してくれましたよね。
第何作だったか、尾小屋鉄道が出て来たのにはぶっ飛びました。
駅前旅館、名前は忘れましたが健在ですよ。結構新しい造りの旅館でしたね。

倶知安側はいきなり勾配になっているのか、排気煙が凄いですね。
いわゆる「小沢発車」はこの倶知安側の事を言ったんでしょうかね。
[ 2015/02/19 21:18 ] [ 編集 ]

山線撮影

狂電関人さま

往時を知る人(私も多少分かる世代ですが) にとっては物足りないかも知れませんが、
一本のローカル線と割り切れば、峠道あり、雪原あり、羊蹄山ありと変化があってなかなかの路線です。
今回は駆け足だったのでちょっとなめた程度で終わってしまいましたが、
いつかじっくり粘着してみたいものです。
[ 2015/02/19 21:23 ] [ 編集 ]

こんばんは

胸に沁みる北海道シリーズですね。

私は小沢駅へは行ったことがないので、仮に訪問してこの木造の跨線橋を発見すると、目を輝かせながら、かぶりついてスナップを何十枚撮りまくることでしょう。しばらく駅に居座ること必至です。

かつてを知る風太郎さんから見ると、複雑な心境で‘残された’風景を見られているのではないかと思いますが...。

岩内線が残念なのはともかくとして、山線が廃止にならずに現在に至ってくれているのは、私的にはありがたく、いつか訪問してみたい路線の1つです。
[ 2015/02/19 22:14 ] [ 編集 ]

歴史と共に

山岡山さま

なるべく「いいところ」を切り取っているのですが、今時趣のある跨線橋が残っているものです。
山岡山さんのカメラアイも是非拝見したい気がしますね。

山線、その名の通り山岳路線でもありますし、除雪等、コストは嵩む線区なのでしょうね。
倶知安以北は辛うじて小樽や札幌への通勤圏かと思いますし、そこそこの需要はあるようですが。
北海道鉄道の歴史と共にあるような線区が、「廃止」という耳を疑う様な事態にならない事を祈るばかりです。
[ 2015/02/19 23:17 ] [ 編集 ]

トンネル餅は生きていた

ここに通っていた人間にとって、「山線残照」は大変ノスタルジックかつ感傷的な世界です。僅かに残った遺産的アイテムを、うまくピックアップされていますので、思わず大型蒸気が行き交っていた当時の光景が蘇ります。上目名のスノーシェイドに辿り着けたということは、国道からの1本道は通れるということですね。

小生も3年前の晩秋に山線を訪れました。列車本数が少なく、時間も無く、銀山、小沢、倶知安の3駅しか撮れませんでした。小沢の過疎化にはびっくりです。ただ、国道沿いにトンネル餅の店は生き残っていました。現役蒸気時代は買えませんでしたが、その時は即座に買いました。店内にはC62重連の写真が数枚飾ってありました。
[ 2015/02/20 16:45 ] [ 編集 ]

山線残照

こあらまさま

百戦錬磨のこあらまさんですから、山線は当然入れ込んだ場所かと思います。
少しでも思い出が蘇るなら幸いです。

上目名は線路まで一本道があるのは地図上で確認出来ましたが、
人家がある訳で無し当然除雪などされていないものと思っていたら、道が出来ていてびっくり。
行き止まりにスノーシェードがありました。完全に保線用に道を付けたのですね。

噂に聞くトンネル餅は話のタネに買おうと思っていましたが、うっかり忘れてしまいました。
駅も集落もこれだけ変わったのに、それだけ変わらないのも不思議です。
ある種の意地でしょうかね。
[ 2015/02/20 20:32 ] [ 編集 ]

風太郎さん、こんばんは

函館山線のかつての繁栄を物語る木造の跨線橋だけが変わらず佇む小沢駅。
岩内線が消え、客車列車が消え、優等列車も無くなって、単行の気動車が行き交うだけのローカル線となってしまいましたが、新幹線が札幌まで開業した暁には函館山線はどうなってしまうのでしょう?
地方の衰退が止まらないですね(汗)

最後の1984年のカット、今のデジタルなら簡単に撮れるブルータイムですがフィルムでの撮影は大変だったのではないでしょうか?

時代を越えた組写真がなんとも風太郎さんらしくて良いですね!
[ 2015/02/22 19:17 ] [ 編集 ]

山線今昔

まりも207さま

新幹線開業のあかつきには第三セクター化はされるのかと。
しかし倶知安はそこそこの都会ですし、小樽や札幌への通勤圏でもありますので、
そこそこの需要はあると思うんですがねえ。
沿線を車で走りましたが、峠道の連続で冬季の車利用もなかなか厳しいかと。
痩せても枯れてもまだまだ素敵な鉄道風景がある線です。残って欲しいですねえ。

昔の写真はISO64のコダクロームですから、そりゃあ厳しいですとも。
実際にはもっと明るかったはずで、露出のマジックではありますね。
ここまで暗かったらこの程度のブレでは止りません。
あまり色温度の影響を受けないコダクロームなのですが、いいトーンが出てくれました。
現像してみなきゃ分からない危うさと、うまくいった時の喜びが銀塩ワールドでしたね。

[ 2015/02/22 20:32 ] [ 編集 ]

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