接続駅

加悦鉄道 1982年11月1日 16bitAdobeRGB原版 take1b   

    加悦鉄道  丹後山田      1982年






ローカル私鉄巡りの楽しさは、その鉄道オリジナルや、とうの昔に国鉄線上から姿を消した珍車に出会える事だった。

国鉄接続駅に降りて構内の隅にひっそり佇むそれらを認めれば、ああ来たなあと感慨深かったもの。


宮津線丹後山田から分かれていた小私鉄、加悦鉄道のキハも向かい側のホームで客待ち顔だった。

本当は北海道生まれ、オハフ62を気動車化した超珍車キハ08がお目当てだったのだが、

払下げのキハ10運用で撃沈。(今となっては贅沢なものだが)

行ってみなきゃ分からないのも、バクチ的な楽しさだったと負け惜しみ。


外観を撮ってもつまらないので中から。間もなく宮津線の接続列車が到着するのだろうか。

アイドリングが響いていたか、それとも足音が高く聞こえる様な静かな発車待ちだったか、

その記憶は曖昧になってしまった。






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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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風太郎様

網棚がある
その下ハンバーらしきものがある
座席が向かい合わせになっている
座席には布が張ってある
鐵道博物館に飾ってあった列車に似ています
でも お写真の中には 親子らしき二人の姿
二人は窓の外を見ています
窓越しに見える駅舎 駅名標 駅舎の背後にある山並み
全てが 私には魅力的です

大学時代 鉄道部の頃ですよね 鉄道部のマネジャーになりたかったな・・・

[ 2015/04/04 22:33 ] [ 編集 ]

通り過ぎた時代

りらさま

この当時はがっくり来る程ありふれた車両だったのですが、今は確かに博物館入りですね。
30年の月日は過ぎればあっという間のようですが、実際は遠い過去になったのかも知れません。
駅はまだあるようですが、駅名も経営主体も時々のご都合でくるくる変わり、かつての面影は皆無でしょう。そしてこの親子も今頃は・・・。
二度と帰っては来ない瞬間を永遠にする写真は、通り過ぎた時代への弔いである様な気がします。

鉄道部・・・。特にこの当時はあまり関わらない方が・・・とだけ申し上げておきます。(汗)
[ 2015/04/04 23:41 ] [ 編集 ]

加悦鉄道

風太郎さま

興味がありつつも、行きにくい場所柄ついに足を運ばなかった路線です。

当時当たり前過ぎた日常が今やとても懐かしい一枚の代表のようなカット。
低い背もたれにバス窓に外を見つめる親子の視線の先にはきっと宮津線の列車が
あったのでしょうね。
[ 2015/04/05 15:11 ] [ 編集 ]

浦島太郎

狂電関人さま

ペアに出来る路線も少なく孤塁を保つような鉄道でしたが、山陰のついでに行きました。最初で最後の訪問。

本稿を書くに当たり、さて宮津線、丹後山田の今はいかにと調べたら仰天モノの遍歴を重ねたようですね。
知らないうちに全ては変わってしまったようです。浦島太郎の気分。
[ 2015/04/06 21:28 ] [ 編集 ]

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