貨車を迎えに

津軽鉄道 撮影地不明1 198年月日 16bitAdobeRGB原版 take1b

    津軽鉄道  大沢内       1983年





津軽鉄道は1984年に国鉄五能線が貨物の取り扱いを廃止するまで、結構な規模で貨物輸送を行っていた。

ローカル私鉄にしては驚くほど旅客列車の運転密度が高かった同鉄道だから、貨物専用のスジを入れる隙間が無かったのか、

基本的にはミキスト運用で虎の子のDDが客車と貨車を連ねて長々と津軽平野を渡っていた。

まれには気動車が貨車を牽く事も有り、平坦な線形とはいえ両数が増えればさすがに厳しいからDDが「補機」についた。

枯れススキの向こうを行く列車は、これから貨車を迎えに行くのだろうか。

来て見なければ分からない奇妙キテレツな列車は、津軽詣での密かな愉しみだった。






HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved


「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります!
 ↓
にほんブログ村 鉄道ブログ ローカル線へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

風太郎様

尾花が雪の中に倒れるがごとくある様子 厳しいこの地冬を語っていますね
それでもその根本は雪の中にしっかりとあることがお写真にて理解に及びます
「津軽詣での密かな愉しみだった。」
大学時代の大切な思い出ですね
「来て見なければ分からない」
写真に興味を持つようになってから その言葉の意味 分かるようになりました

お写真 雪の表面のざらつき具合までよく描写されていますね


[ 2015/05/03 06:18 ] [ 編集 ]

予測不能

りらさま

冬は立ってもいられないような猛烈な季節風が吹く土地です。この日は穏やかなようですが。
枯れススキも風が吹く方向に倒れていますが、それでも折れずにやり過ごしているようなのは、
この地に生きる植物の覚悟や粘り強さを体現しているように見えますし、
それは人々の暮らしにも通じるようにも思えます。
鉄道が運ぶものが多いという事は、その土地の経済活動を反映している訳ですし、
それでもそこそこの暮らしが成立している事に安堵も覚えたものです。

予測不能は自然の場合当たり前ですが、衰退する鉄道は最小限の活動故、逆に予想を裏切る事はありません。
ローカル鉄道において予想を裏切られるような体験が可能な、最後の時代でした。
[ 2015/05/03 10:30 ] [ 編集 ]

大沢内

風太郎さま

大沢内界隈は、当時全く撮っていない

空白地帯でしたねぇ。

何せ一所が気に入るとお尻に根が生えるタイプでしたから・・・。
[ 2015/05/04 08:43 ] [ 編集 ]

ネタ切れ


狂電関人さま

津軽鉄道は列車密度が濃すぎるは(20~30分に1本は来た計算) 、風景にあんまり変化は無いはで 、
1日居ると撮るアングルがネタ切れして気が狂うという評もありましたね。今や贅沢な話ですが。
気に入った撮影地に固執するのは同じくですが、さすがにネタが切れ、流れ流れてここに来たのだろうと思います。
[ 2015/05/04 10:24 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://futaro1980.blog.fc2.com/tb.php/929-20cf5a45