わたらせ新緑遡行  その7      足尾より     証人

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    通洞









鉱山に不可欠な電力供給を担った発電所の廃墟。

壁の縞模様は戦時中に施された迷彩塗装。

コールタールを塗りつけたというそれは、ハケ目や垂れ跡まで生々しく、つい昨日の出来事のようだ。


質素な鉱山住宅は皆戸板を閉ざし、生活の場としての足尾は終焉までの最後の時間を刻んでいるようにも思える。

それはテーマパークの如き鉱山観光では決して伝わらない、重い歴史の証人なのだけれど。










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    通洞


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    通洞


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    通洞





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[ 2015/05/21 20:35 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(10)

足尾の歴史

こんばんは。

前回のお写真もそうですが、とても「おどろおどろしい」作品ですね。
勿論、白黒変換等の加工もあるのですが、アングルや陰影がそうさているのかと。
それは風太郎さまの「土地を切り取る力」ですね、足尾の歴史が伝わってきますよ。
[ 2015/05/21 21:12 ] [ 編集 ]

リアリティ

いぬばしりさま

おどろおどろしいのは、役目を終えたモノ、終えつつあるモノの中に、
そこを通り過ぎたであろう、幾多の人々の情念が乗り移っているからでしょうか。
ファインダーの向こう、大きく落ちる影の中から何かの訴えが聞こえて来るような気がしました。
写真の持つ絶対のリアリティが、そんな声なき声を引き出せていれば良いのですが。
[ 2015/05/21 22:21 ] [ 編集 ]

風太郎様

それでも・・・
一枚目のお写真にあるように 春になれば花が咲くことを・・・
二枚目 三枚目のお写真のように生活の欠片が残されていたことを・・・
救いと思いたいのですが・・・・
はせがわさんが ご自分のブログで記載されていた・・・
NHK総合 ドラマ全2回放送 足尾から来た女・・・・
思い出されます
また その後自分なりに調べてみました
調べれば 調べる程 言葉にならない現実を叩きつけられます
そしてこの問題は今だに解決はしていません

今回のようにお写真にて表現することは大事な写真の一つの使命のように感じます
写真の発信力は 時として文章を超える程です
最後のお写真に一際 それを思います
昨日のお返事の中の一節・・・・
荒涼とした「原罪」の景色・・・
そのお言葉こそ 私の申し上げたかったことです
今回のお写真も同じくです
証人・・・そのタイトル
粒子の粗いモノクロ写真がそれを語っています

[ 2015/05/21 22:46 ] [ 編集 ]

抗い

りらさま

「足尾」は国家の大きな負い目の歴史なのですが、この地に立つとその後ろめたさや戸惑いは今も続いているような気がします。
廃墟群は、負の遺産を保存すべきか最初から無かった事にしてしまうかの、逡巡のままそこに放置されているようにも見えます。
また様々な事情を背負っているに違いない鉱山住宅は、超高齢化の末の自然消滅を狙っているのかも知れません。
しかしコンクリートは堅固ですし、人は生き続けます。それは歴史を消滅させないための最後の抗いのようにも見えます。

この土地に宿った情念には生半可なカメラでは到底近づけない、そんな想いが訪ねる度に膨らんで来ます。


[ 2015/05/21 23:36 ] [ 編集 ]

リアリティ

風太郎さま

モノクロ写真の持つその威力が伝わります。

銅の街の華やかなりし頃を知らない分、さらに饒舌です。

ですが、炭鉱の街同様にとてもその暗い歴史を直視できません。
[ 2015/05/22 19:16 ] [ 編集 ]

カメラが残すもの



狂電関人さま

採掘の歴史はとうの昔に終わり、精錬のみの歴史もごくか細いものとなり、
荒涼とした廃墟のみが広がっているように思えた足尾に、未だ生活の息遣いがあることに驚きます。
鉱山住宅は公営住宅にかたちを変えているようですが、およそ現代の生活とは思えないような日常があります。

ごく近い将来、確実に消滅する風景に対しカメラは何を残せるのか、答えを求められているような気がします。
[ 2015/05/22 21:35 ] [ 編集 ]

おはようございます

春の綺麗な印象の‘わたらせ渓谷鉄道’ですが、私が撮って見たいのは、実はこちらの方かなと思っています。

私的には...鉄道の撮影は、その土地へ自ら行ってみないとわからない面があり、そこで自分なりのヒットポイントを見つけては、そこを集中的にということになりますが、沿線の過去の歴史がわかるような遺構が残っているなら、そこは避けて通れないなと。
綺麗な時期での短期訪問だと、きっとそこまでたどり着かないのではないかと思うので...そういう意味では夏が良いかなと思っているんです。旧足尾線の初訪問は。
[ 2015/05/24 10:30 ] [ 編集 ]

ふたつの顔


山岡山さま

ゆる鉄流行りもいいですが、鉄道はその土地の長い歴史や生活と共に在り、
それはしばしば重い過去や抜き差しならない現実も背負っていたりするものです。
そんな現実には目を向けず、何処かで見たような緩さのみを追い回すのは、昨今のゆるキャラに通じる軽薄さも感じます。

是非ふたつの顔を持つ「わ鐵」の真髄を山岡山さんのカメラアイで表現してもらいたいなあと思っております。
意外に深い沿線ですから、日が長い夏場は賢明かもしれませんね。

[ 2015/05/24 12:23 ] [ 編集 ]

モノクロームの表現力

新緑の渓谷風景とは一転して、かつて賑わいを見せた鉱山の町の廃墟をモノクロームで表現されるあたり、
さすがだと、しばらく見入ってしまいました。
「足尾線」の光と影、
堪能させていただきました。

[ 2015/05/26 07:10 ] [ 編集 ]


32Countさま

「足尾」が無ければ文字通りただの渓谷鐵道としてキレイ事で終わってしまいますが、
終着駅の存在がこの鉄道の味わいを奥深くしています。
光と翳というより翳ばかりが濃い気がしますが、翳に潜むものを表現するにはやはりモノクロかと。
[ 2015/05/26 21:16 ] [ 編集 ]

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