中欧翳翳   PRAHA   3

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   プラハ市内 





風太郎は13年位前に一度プラハを訪ねているのだが、その当時のチェコといえば「東側」の色が結構残っており、

「国民車」トラバントが黒煙を上げて走っていたり、土産物屋にはレーニンTシャツだの旧ソ連軍の払下げ軍装品だの、

「旧東側」を観光的な売りにしているところさえあった。


そのあたりの事情は一変した。もはや土産物屋にソ連グッズは売っていないし、「東側」は遠い過去の記憶になったのか。

いや、極めて目立つところに残っているものがある。 「トラム」である。


プラハ市内には社会主義時代に大量生産された車両が縦横に走っている。

丸っこいシルエットはちょっと南部縦貫のレールバスを連想させ、なかなかレトロな味わいがある。

下の写真のオデコに大きく番表示したのが一番古い奴で、LED更新されたものも居る。

最近でこそポルシェデザインという近代的なシルエットの奴も増えているようだが、まだ半数以上はこのタイプなように見える。

同系車は旧ソ連をはじめ、東欧各国、北朝鮮にまで居るらしい。その標準化の徹底は社会主義の為せる技ともいえるが、

使えるものは長く使うというのもヨーロッパ的なのかも知れない。


目立つのは巨大なパンタである。これはやたら高い所に張られた架線に対応するもの。

なぜこんなに架線が高いのか。答えは冷戦期、下に戦車を通すため。成程。







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総延長140㎞を超えるというプラハのトラム、素晴らしいの一言である。

これらの写真は全くいい加減なついで写真ばかりで、プラハのトラムの魅力を百分の一も伝えていないだろう。

迷宮とも称される小さな路地までくまなく網羅する路線網、それがまた違和感なく溶け込んでいるのだ。

夕刻、人気も少なくなった石畳の小路、ぼんやり灯る街路灯の向こうからやって来るのを見たら、もうたまらんたまらん、である。

風太郎は路面電車に特段の執着がある訳でも無いが、うーむ、こりゃあ何日か滞在してちゃんと撮らねばなるまい、と。

次は誰もが恐れる冬のプラハだな。靴にスパイク付けて。まあでもいつになる事やら。








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europe201508_2704take1ストラホフ修道院下b





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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2015/09/05 20:50 ] 海外写真 | TB(0) | CM(4)

ナトリウム灯と石畳とトラムと

風太郎さま

いやぁ、そそられますなぁ・・・。

ヨーロッパの風情、特に大きな大きなパンタグラフにノスタルジーを感じます。
[ 2015/09/05 22:11 ] [ 編集 ]

泣けます


狂電関人さま

路面電車は街と一体なもので、街が素晴らしければもうそれだけで勝ちですね。
日本では毒々しいナトリウム灯も、ここでは見事に夜を演出しているように見えるのも不思議です。
最初と最後だけが旧市街で、残りは新市街です。
新市街はさすがに都会的な余計なものも多いのですが、旧市街のそれといったらもう、泣けますよ。
カミさんを鉄に付き合せるのに限界があったのが悔やまれます。
[ 2015/09/05 22:44 ] [ 編集 ]

お待ちしておりました

こんばんは。

そうそう、こういう感じですよね中央ヨーロッパのトラムって。
勿論、私は見たことがないのですが、映画に出てきそうな情景がそこかしこにありそうです。
こういうお写真を拝見してしまうと、おいそれとは行けないもののとても気になりますね。
因みに中欧ではないのですが、リスボンのトラムは本当に狭い裏路地を走っていてビックリしました。
日本ももっと路面電車が走っていれば良いのですけど・・・
そういえば、まだ名鉄600Vが走っていた頃には結構岐阜通いしましたよ!

[ 2015/09/06 23:35 ] [ 編集 ]

交通体系


いぬばしりさま

中世の雰囲気が残る街にトラムはお邪魔なようですが、違和感を感じないのは不思議ですね。
決して広い道路がある訳では無いので、自動車にとってはかなり邪魔な存在のはずですが、
市内に入る車は最小限、市内移動はトラムの交通体系が確立しているのでしょうね。
東京だってそんな発想があれば全く違う街になっていた可能性もあったかと思ってしまいました。

名鉄、谷汲線は残念ながら行っていません。惜しい事をしました。
[ 2015/09/07 00:17 ] [ 編集 ]

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