夕張物語 その3    幸福の黄色いハンカチ想いでひろば①

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映画「幸福の黄色いハンカチ」の超有名なラストシーン、高倉健演じる勇作が帰って来る炭鉱長屋を使った記念館。

普通映画の公開から月日が経つにつれ関連施設も忘れられていくものだが、最近むしろ来場者が増えているそうな。

今や夕張最大の観光スポットである。

風太郎は8年位前に一度来た事があるのだが、夕張市の財政破綻の余波もあってか老朽化が目立ち、

劇中使われた赤いファミリアも埃を被った状態だった。

しかし10年間の再建努力が評価されてか国から補助金も出たとの事で、今春全面的にリニューアルオープンした。

ご覧の通り「長屋」は外観のみで、内部はブチ抜かれて大きな展示スペースになっている。







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ここは夕張線の鹿ノ谷駅から少し清水沢寄りの丘の上、崖っぷちにある。

映画の撮影当時、本物の炭鉱長屋が建っていて人も住んでおり、外観の撮影はそのまま使われた。

崖っぷちの理由は、斜面の下から仰角を付けたアングルで黄色いハンカチを青空に抜きたかったからとの事。

実際高倉健が倍賞千恵子に鞄を渡すシーンでは下から仰角が付いている。

映画の完成後、住民も無人となり、モニュメントとして残そうという機運は盛り上がったが、

老朽化は著しく、結局元のイメージを残して建替えたものである。






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もともとこの周辺は本当に炭鉱長屋がびっしりと軒を連ねていたらしく。

今は段々に整地された跡地が草生して僅かにその記憶を伝えるばかりである。

この集落に「床屋」があったというのも想像出来ないが、その建物が改装されカフェスペースとなっている。

「高倉健が愛したブレンド」というコーヒーを味わいつつ、撮影当時を知るおばちゃんの話を聞けば、

この炭鉱長屋の住人が高倉健と親しくなり、何故あなたは出番待ちの間さえ笑わないのかと聞いたそうな。

答えは「笑ったら、癖になるでしょ。」

素顔は陽気で快活な人だったらしいが、既にどっぷりと役作りに入っていたのだろうか。







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ここを訪れた来場者がそれぞれの感想と願い事を貼りつけた一面の「黄色い部屋」は健在である。

勇作と光枝の家の再現は炭鉱長屋の中はこんなだったかと興味深いが、山田洋次監督のインタビュー映像が流されている。


「ひろば」のリニューアルに寄せて。


勇作が光枝の許に帰って映画は終わるけれども、二人の幸せ探しの旅はむしろそこから始まる。

そういう意味で物語はまだ終わっていない。

幸せのかたちはそれぞれに違う。二人にとっての幸せと共に今一度此処で想って欲しい、あなたらしい幸せの在りかを。






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[ 2017/06/17 20:14 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)

夕張物語 その2    夕張は、倒れたままか。

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   夕張市本町   2016年7月







その背後にあったものは黒いダイヤの歴史が育てた成金的な退廃や、明日の命も知れぬ危険な坑内作業の日々にあって、

「宵越しの金は持たねえ」と刹那の浪費を厭わぬ炭鉱気質だったかもしれないが。

かつてエスカレーター付のデパートが夕張っ子の自慢だったという夕張本町中心部は、

冷え冷えとした廃墟が連なって時間を停めている。







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最盛期に12万の人口を抱えた炭都は閉山に伴う急激な人口減少に直面し、

乾坤一擲の逆転策として観光都市化に向けた巨大投資に賭ける事になる。

しかし場違いに瀟洒なリゾートホテルは、それ一点のみで垢抜けたリゾートを演出出来るほど甘くは無かったし、

その前に立つチャペル風の夕張駅舎は徒歩0分を目指して線路を短縮しここに移転したのだろうが、

中心市街地から見ればますます利用しづらい鉄道に変えた。

ジェットコースターやら豪華水上レストランやらこの酷寒の地にプールやら、贅を尽くしたテーマパークは瞬く間に客が引き、

その廃墟は原野に還りつつあるようにも見える。







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   石勝線夕張支線 鹿ノ谷   2017年6月






結果的に年間財政規模の8倍にも及ぶ353億円の財政赤字を抱え、全国唯一の財政再生団体として

世間の耳目に晒されたのはある種の「見せしめ」だったかもしれない。

しかしそれは野放図な一自治体の放漫行政の報いと言うより、疲弊するこの国の「地方」の、

何処にでも在り得る縮図のように思えてならないのだ。


破綻から10年、誰もやり手がいなかった夕張市長に東京都職員の身分を投げうち30歳で就任した青年をリーダーとして、

夕張は再建に奮闘している。

市役所職員定数はもちろん住民サービスの極端な削減に町を見限る市民も多かったが、

100億円以上の負債圧縮に成功した実績を認められ、新規投資を含め全てを封じられたような縛りが解かれつつある。

極めて低廉な公営住宅は新住民を呼び、石炭層の上に豊富に埋蔵されたメタンガスの採掘は、新たな産業として実用化を目指す。


夕張に夜明けはやって来るのか。

10年目の節目に最近作られた夕張市のPR映像。

「夕張は、倒れたままか。」で始まるそれは、浮ついた自治体PRとは一線を画して重く、力強い。














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[ 2017/06/15 20:03 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(8)

夕張物語 その1    シホロカベツの森

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   石勝線夕張支線 清水沢   2017年6月







夕張にやって来ました。


どうしてもモノトーンの風景を連想されてしまうのが炭都の宿命ではあるが。

分厚い炭層と共に深い原生林を抱いたシホロカベツ川の谷あいに夕張はある。

滴るような新緑。北海道色も映える季節になった。


今回はツレも一緒なので鉄系の写真はマイルドに抑えております。








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[ 2017/06/13 19:52 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)

北の細道   その17      帰る場所

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    知恵文   2017年2月






もう30年も昔だけれど初夏の雄信内駅を訪ねた際、待合室に置かれたノートを手に取った事がある。

その当時から「秘境駅巡り」はあったらしく旅行者のヨタ話が殆どの中にあって、珍しく地元出身の女性の書き込みがあった。

今は旭川の会社に勤めて故郷を離れたが地元の成人式に出るために帰郷したという。

果たして自分は大人になりきれているのか、此処に戻るたびにひと回り大きくなっていたいという呟きと共に、

私は雄信内が好き、此処の良さは離れてみると分かります、と閉じられているのが心に沁みた。


何故ならその当時でさえ、駅周辺はゴーストタウンさながらだったからだ。







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   雄信内駅


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   雄信内 







国道40号線を北上すればまるで西部劇に出て来る荒野の町のように時折現れる集落はあるものの、

それを外れれば荒涼とした廃墟の風景が広がっている。

一億の民の多くが第一次産業に依拠して暮らしていた時代、そして大陸や樺太からの引き揚げなど取り敢えずも食べるための土地が必要だった時代に

此処に暮らしの礎を定めたのは国家的な入植政策の過ちばかりではなく、時代が求めた止むに止まれぬ必然というものもあったように思う。

しかしその後急に過ぎた産業構造の変化は、驚く程の早さでそのささやかな暮らしの記憶を歴史の彼方へと送ってしまったようだ。

都会のように再開発など考えられぬままそこに遺棄された生活の痕跡。それは「風葬」の言葉を連想させる。








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   佐久


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   雄信内


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   雄信内






北へと伸びる鉄路の脇には、バイパスの名を借りた高規格道路が将来の高速道路化を目指して建設が進む。

そこを走る高速バスは忘れ去られたような集落に停まる事は無い。


お盆にはまた此処に帰る、その頃には雪も消え暖かくなっているでしょうと、ハタチの女性がノートに書き込んでから30年の月日が流れた。

彼女は再びこの北の細道を踏んで、あの待合室へと帰って来るのだろうか。




( 北の細道  おわり )







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   北星   






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[ 2017/04/20 22:03 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)

北の細道   その16      恵比島峠

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   留萌本線 峠下   2017年2月







ほとんど平坦地を走る深川~留萌間にあって雨竜山地を横切る恵比島峠は、

主たる需要が羽幌・留萌炭田の石炭という超重量輸送であった事を考えれば、それは険しい峠越えの道だったようだ。

時は流れその峠越えの記憶は、パーミルを緩和するために設けられた馬蹄形の特異な線形に残るのみである。

行ってみればその馬蹄形部分は防雪林に囲まれ見通しが利くポジションの発見は容易では無く。

このあたりのご苦労とこの峠道の詳細は、Wonder+Graphicsさんのブログに詳しいのでご一読を。

昨今のヘタレな風太郎は無謀なラッセルに突入する程の気力も無く、峠下から徐々に高度を上げていくこの築堤周りで誤魔化す事にする。

今は単行キハが軽やかに駆け抜ける人跡薄い峠道は、静寂だけは昔のままか。

D61の本務機に9600の後補機という石炭列車の咆哮を、幻聴でも聞いてみたいと耳を澄ませる列車待ちである。









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[ 2017/04/18 22:15 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(0)