小春日

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   小湊鉄道 飯給   2017年







小春日に小枝が光る飯給の中野側。写材に困ればつい足が向いてしまう。

回転が上がったエンジン音も空っ風に乗って。








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[ 2018/01/06 18:05 ] 小湊鉄道・いすみ鉄道 | TB(0) | CM(12)

怪しい模型のお部屋  根室拓殖の銀龍号 ( 1/87 9mmナロー )

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お屠蘇ネタはまだ続く。


1990年代以降、撮りたいものも無くなったという事で「本物の写真」は引退したものの、その後の20年に及ぶブランクにあっては、

模型の世界に救いを求めていたというか、見る事も叶わなかった昭和20~40年代の香りをそこに味わっていた。

もちろん風太郎の事であるから、ブルートレインとか国鉄制式蒸気とかメジャーな模型であろうはずもなく、

時代のアダ花のような怪し過ぎるネタに執着していたものだ。

最近でこそ老眼の進行が苦しくほとんど手がつかないばかりか、積み上がった未完成キットを溶かして墓石にするとツレに言われているが、

これもまた風太郎の結構重要なヒストリーであるので、「怪しい模型のお部屋」として時折語りたいと思う。



鉄道車両史に残るであろう珍車・奇車である。

根室から納沙布岬に向けて荒涼とした浜辺をとぼとぼと辿っていたこの車両は、長く伸びたボンネットに6気筒のガソリンエンジンを納め、

トラック然としたキャブに対して何ともアンバランスな木造小屋の如き「客室」が目を引いた。

もともと1949年に「貨物車」として誕生し、1953年に旅客用に改造されてこの奇怪な姿になったとされるが、

特筆すべきはキャブがジュラルミン製という点であろう。周知の通り航空機用の素材でその当時鉄道車両に使った事例は聞いた事が無い。

札幌の町工場が手作りしたというそれは戦後の資材難の中、残された軍用機用の資材を流用したのではないかと想像している。

木製の客室はこの当時の北海道の簡易鉄道車両に散見される「地元の大工が槌を振るって作った」可能性もある。

ジュラルミンは腐食の心配が無いから銀地そのままの無塗装で、ついでに客室部分も銀色に塗って「銀龍号」というまた大袈裟な名前が付けられた。

戦後復興が常に後回しにされた北海道の僻地にあってともかくも生活の足を確保すべく、半ば手作りした鉄道車両に宿る開拓者魂も見る気がする。






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前口上はさておき、いかがわしい車両が大好きな風太郎としては、モデルワーゲンから発売されたキットには狂喜したのだが、

中古キットを買い叩いて着手したのはもう10年位前。しかしよく吟味すれば結構致命的な欠陥もある事が分かった。

後ろに背負った客室部分は材質の違いはもとより後付けであるからキャブとは完全にセパレートされているのだが、

キットでは一体化されてしまっている。これはイカン。

キャブ後端の妻板を真鍮板から切り出してハンダ付け、裏側にもたっぷりハンダを盛った上でヤスリを使って端部のRを付ける。

これでセパレート化は無事完了。その他は素組みながら客室後端に括り付けられたバンパー代わり?の枕木も再現。

こんな土臭い車両が小奇麗な訳が無いからウェザリングもコッテリだ。






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上の写真を見て、あー下手糞、キャブと客室のセンターがズレてやんのと思った人! 「実物がそうなっている」のだ。

客室部分がセンターから大きくズレているのは当時の複数の写真で確認できるが原因は不明。

もともと建付けが悪く、長年の振動とかでズレてしまったという説が有力で、どこまでも奇怪な御姿、しかしこれがホントの「銀龍号」だ。






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展示台代わりに荒涼とした浜辺の芦原をイメージしたセクションも作る。後ろに従えるは人まで乗せた貨車。

これは湯口徹さんが撮った有名な写真へのオマージュという、メーカーの粋な計らい。「大工の源さん」とかあだ名まで付いているようだ。

窓はハメ殺しだったそうだから夏など貨車に乗るのがむしろ特等席だったかも知れぬ。

夢でもいいからこんな貨車に揺られて北辺を旅してみたいものだ。


以下余談。

もう大分昔だが風の噂に「銀龍号発掘計画」なる仰天企画を聞いたことがある。

根室拓殖鉄道は1959年に廃止、銀龍号はダルマにされた上で沿線の某小学校前のバス停に流用されたのだが、

それも客室部分が朽ち果て、最後はその小学校の校庭に埋設処分された。

埋設場所については多くの証言がありほぼ特定されている他、材質がジュラルミンである事から地中でも腐食の心配が無く、

「発掘」して客室や下回りを新造すれば往時の銀龍号が復活するという、ロマンに満ちた企画。

資金のクラウドファンディングでもあれば風太郎も一枚乗るところだが、その後を聞かないのはとん挫したのかと。

戦後間もない混乱期に生まれたキテレツ車両の香りは、今も模型で偲ぶばかりである。






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[ 2018/01/04 20:46 ] 怪しい模型のお部屋 | TB(0) | CM(10)

私をスキーに

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正月休みのグダグタに書き散らすお屠蘇ネタ。 暇を持て余した方だけで結構です。



JR東日本各駅に貼り出されたポスターを見てうわぁっと思うのはもう、オヤジオバハンばかりなりと思うのだが。

スキー人口の先細りに一時期は止めていたというJRのスキーキャンペーンだが、最近復活、

それでブレイクした本田翼とか若手女優の起用が続いていたのに突然のコレである。

1987年公開、原田知世主演の映画は今年で公開30周年の節目なんだそうだが、

それじゃあ現在のスキー人口の大部分は映画をリアルに知らない事になるな。


1980年代の風太郎といえば、昔の写真の通り冬ともなれば常に日本の片隅の線路際に在った訳で、

「夏はテニス、冬はスキー」が定番の軟弱大学サークルなんぞにはとんと縁が無く、スキーのスの字も知らなかったのだが、

その後就職して否応なしに「社会復帰」してみれば、周囲はそういう軟弱サークルでブイブイ言わせていた男女ばかり、

何でスキーやらないの?と問われれば「いやー、雪は雪でも。」と説明は極めて難しい訳で。 ( 撮り鉄など微塵の市民権も無かった時代だ )

あくまで抵抗していたのだが、その小意地をも打ち砕いて落城させたのがこの映画なのだ。


洋画全盛期、確か映画興業そのものはコケたはず。でも一躍脚光を浴びたのはその翌年あたりにテレビ放映されてからだと思う。

ビデオレンタルさえ一般的でなく、ブルーレイだのネット配信だのは何処の世界の話かという時代だから、テレビは一大ブームの媒介者になり得た訳だ。

スキーゲレンデに立てば男は誰でもカッコ良く、女は可愛らしくなれると素朴に信じ込まされる映画。

携帯電話は無いけど車載無線はある。この映画以降違法開局が相次いだそうな。

クルマはセリカGT4、無茶なドリフトの挙句、逆さまに転覆するのだがそれでもカッコ良かった。以降の4WDブームの火付け役でもある。

( 最初に協力を申し込んだ三菱自動車からは断わられたらしく、後でしまったと思ったんじゃないかな。パジェロじゃひっくり返らないとも思うが。 )

主題歌のユーミンは定番中の定番として長蛇の列のリフト乗り場に延々と響き渡り、夜布団に入ってもぐるぐるリフレインしていたものだ。

ストーリーのキーにもなっている「サロット」なるスキーブランド。そういう「記号」にからきし弱い時代だからこの映画が成立する。

ちなみに「サロット」は本当に商品化して売り出す計画があったそうだ。諸般の事情で実現しなかったようだが、これは絶対売れたと思うぞ。


「サロット」ならぬ「エレッセ」の小洒落たスキーウェアをしみじみ眺めて、風太郎も遂にここまで堕落したかと思いつつも、

志賀高原の焼額山、まさにロケ地そのもので、「これから万座に向います!」「馬鹿野郎!」とかのネタで映画を知らないごく少数者を憐れみつつ、

男女混合「トレイン走行」( もちろんブリザード、ブリザード、の歌付きだ ) でハジければ、

本当のトレイン、ローカル線の撮影なんてもういいやあ、とあっさり引退したのが風太郎のバブルでもあったろう。


駅のポスターに戻る。

この映画の公開当時、東北・上越各新幹線はとうの昔に開業していたのだが、劇中ではキレイに無視されている。

だいたい列車の網棚なんぞに担いできたスキー板をどっかり乗っけてなどという辺りからしてダサかったのだ。

JRは仇をとるつもりか、ポスターはこれでもかと新幹線を繰り出したのだが、駅員のマイクは車載無線のパロディと思われ笑える。

でも右側のグラサン外しバージョンは目が寄り過ぎだし全然似て無くて良くないねえ。

当時ミラーのグラサンは「誰でもいいオンナに見える」アイテムとして最強だったのだが、外した時のはああ?!を思い出したぜ。

でも割と最近まで「吉田羊」が原田知世だと思っていた位だからこれ以上突っ込むのは止めておこう。


なぜいまさらにこのバブリー映画なのか。さすがに昔懐かしリアル世代をスキー需要の主役とするのは無理があろうし。

主役を張りそうな世代に少なくともこの映画を知らしめて、ヨシ俺もと腰を上げさせるのか。

それとも繰り返しというか、何処か時代の空気感が当時と似て来ているからか。

いやそれは大分違うだろーという例証はいくつも挙げられようが、ひょっとしたら個別指向に疲れたというか、

誰もがひとつの文化に踊り、同じ方向を向く事がむしろ気楽という空気がカウンターとして浸潤しつつあると見たのか。

そのあたりの意図はいまいち不明な「スキツレ」であるが、思えば「1987年」は国鉄解体の年でもある。

それから間もなく昭和が終わり、平成すら終わろうという今、いつの間にか手が届かぬ程遠くなった日々が此処にある。





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[ 2018/01/02 19:21 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(6)

明けましておめでとうございます

奥羽本線 峠5 1990年1月 16bitAdobeRGB原版 take1b

   奥羽本線 峠   1990年






伸びましてというか、明けましておめでとうございます。


新年を迎えるにイケた写真が無いなー、と思っていたらそうだ戌年だしと。

今は無きスイッチバック時代の峠駅、確か最後の冬の撮影である。夜明けの時間は、もう歯の根も合わぬ位に寒かった記憶がある。

外は吹雪ならともかく雪晴れだったりするとつい油断も入るが、本当に寒いのはむしろそういう時だったりする。

峠の力餅の売り子さんに纏わりつくようなワンコ達でさえ、この寒さには音を上げていたようだ。






奥羽本線 峠11 1990年1月 16bitAdobeRGB原版 take1b

奥羽本線 峠2 1990年1月 16bitAdobeRGB原版 take1b






今年も寒修行で心と体を鍛えましょう。 本年も宜しくお願いいたします。






一緒にストーブにあたる。

奥羽本線 峠の犬2  1990年1月 16bitAdobeRGB原版 take1b




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[ 2018/01/01 00:00 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(14)

よいお年を

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   只見線 早戸   2017年1月





夜明けは遠い。それでも始発列車は凍える小駅をひっそり後にする。

まだ此処に、レールは生きている。




今年最後の更新になります。

一年にわたりご訪問頂いた方、なおかつ温かい励ましも頂いた方、この場をお借りして感謝申し上げます。


今年は撮ったなー、というのが正直な感慨です。西に東に気が付けば年明け以来1万カット近くは切ったかも。

最北に細々と伸びた瀕死の鉄路、力尽きて遂に歴史を閉じる鉄路、そして「復活」という奇跡に向けて動き出した鉄路。

その在り様を憑かれたように追い続けたのは、忍び寄る「終焉」の影に知らず急き立てられていたのかもしれません。


ローカル線という愛しくて矛盾に満ちたもの。

しかしそれとそれを包むものが紡ぐ切なく美しい抒情は、ある種の麻薬の如く酔わせてくれます。

酔いどれの旅に、終わりが無い事も祈りつつ。


また来年。







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[ 2017/12/30 12:03 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(16)

雪雲の狭間

米坂線14 1990年1月 16bitAdobeRGB原版 take1b

   米坂線 羽前沼沢?   1990年








白い闇の様に雪のヴェールに覆われた写真ばかりの中で、辛うじて写っているのは雪雲の狭間だったのだろうか。

深雪に籠ったエンジン音が、低く響いて消える。









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[ 2017/12/28 22:36 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(4)

小沢雪夜

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   函館本線  小沢    2015年










夜半降り始めた雪は、瞬く間にホームを白く覆い尽くしてしまう。

再び足跡を記す降車客はいるのだろうか。










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[ 2017/12/26 19:46 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(6)

Merry Christmas

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    新宿   2017年12月








I wish you a Merry Christmas!









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[ 2017/12/24 19:00 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(6)

旅のたまゆら   三十九

五能線 驫木駅2 198年11月 日 16bitAdobeRGB原版take1b

   五能線 驫木   1982年






旅の訳とは、例えばただ海を見る自由を手にする事だ。








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[ 2017/12/22 20:25 ] 旅のたまゆら | TB(0) | CM(6)

ゆく秋惜しみて奥会津  その10     ラストショット

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   只見線 若宮   2017年11月








日が落ちて宵闇が迫る若宮の駅。ここは結構乗降も多い。

前回からピピッと来ている駅なので、これが最高というシチュエーションで撮ってあげたいのだけれど、

それはまた次回のチャレンジになりそうだ。


取り敢えずは今回のラストショット。

坂下の町の灯りが遠くに瞬き始めた。



( ゆく秋惜しみて奥会津   おわり )






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[ 2017/12/20 20:15 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(8)

ゆく秋惜しみて奥会津  その9     季節の細道

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   只見線 会津柳津    2017年11月







秋の陽が早や傾けば、線路際にも穏やかなコントラストが降りて来るのだった。

季節の細道を分け入るように、列車は光の中へと溶けてゆく。








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    会津柳津






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[ 2017/12/18 19:44 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

ゆく秋惜しみて奥会津  その8     そぼ降る雨

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   只見線 会津中川    2017年11月







そぼ降る雨は秋色を更に深く染めてゆく。

二本のレールは黒々と山を巡り里を縫う。








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   会津川口






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[ 2017/12/16 19:21 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

ゆく秋惜しみて奥会津  その7     いつの日か

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   金山町 







雪に埋もれる一階部分の窓や扉を厳重に閉ざす家は、それが主を失っている証しに他ならない。

それでも何回もの冬を越せるのは雪国の頑丈な造り故でもあれば、雪下ろしなどで空き家をも守る集落の「結い」の力でもある。

いつの日か再び明かりが灯るまで。 静かな願いを託されながら、家は再び長い冬を迎える。







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[ 2017/12/14 20:43 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

ゆく秋惜しみて奥会津  その6     山は城 川は石垣

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   只見線 会津水沼    2017年11月






JR東日本の車内誌「トランヴェール」の11月号は表紙からして「四橋」でジャストミートなのだが、

メインの記事 「もうひとつの会津戦争」 はなかなか面白く、持ち帰り自由もあってしっかり頂戴してきた。

維新期の戊辰戦争 (会津戦争) にあっては、白虎隊だの最近綾瀬はるかが演じた女狙撃手だの、会津若松・鶴ヶ城下の攻防戦を中心に語られる事が多いが、

実際の戦域は奥会津まで広大に拡がっていて、その険しい山中において会津軍はむしろ勝っていた、という話である。






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各地から会津若松を目指して殺到する新政府軍の進撃ルートは主に3つあり、

まず二本松から猪苗代を経由するルート  ( いわば「磐越西線ルート」だな )

もうひとつは日光から田島、大内宿を経由するルート   ( これはまさしく「会津線ルート」 )

最後は長岡から六十里越の峠を突破して只見に至り、只見川沿いのルート   ( 問答無用の「只見線ルート」 )


結果的に「磐越西線ルート」において街道筋の中山峠を固めた会津軍の裏をかいて脇道を突いた新政府軍の戦術が功を奏し、

若松への突入を許した時点で会津藩の命運は決した訳だが、奥会津の山中を通るその他のルートにおいては、

一度は物量にモノを言わせて蹂躙したものの、険しい山峡の地理を知り尽くした会津軍の粘り強いゲリラ戦にあって押し返され、戦線は膠着したばかりか、

鶴ヶ城落城により全軍に降伏指令が出るまで実は会津軍が優勢を保っていたという事だ。

なかには水車小屋に単身潜んで通りかかる新政府軍をひとりづづ襲い、結果的にひとりで12人を倒したという「ランボー」まがいの戦士も実在したらしく。






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   会津水沼







あの人跡未踏のような六十里越を大軍が踏破するというのも凄い話ではあるが、何やら「ベトナム戦争」も連想させる。

ドラマチックに語られる主戦場とは別の秘史というのもあるものだ。

今も只見・会津の両線沿線においては各地にその戦跡が草に埋もれているそうだが、変わらぬ山峡の隘路は攻めに厳しく守りに易く。

「山は城、川は石垣」 でもあるか。







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[ 2017/12/12 19:36 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

ゆく秋惜しみて奥会津  その5     夜への時間

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   只見線 郷戸    2017年11月







あらゆる面で都会慣れしてしまった身に、一番強烈なカルチャーショックは「田舎の夜の暗さ」かと思う。

闇への慣れも準備もないまま放り出されれば、そこに蠢く得体の知れないものに対する畏れすらあって。

だから夜の始まりは切なく美しくあれど、少しぞくりとする特別な時間でもある。








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    会津坂本


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    会津坂下





闇に明かりを灯した駅は、それ故に特別な場所にもなったのだろう。

夜の冷気に襟元を重ね合わせる。






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[ 2017/12/10 19:55 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

ゆく秋惜しみて奥会津  その4     ムラの光

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   只見線 会津中川    2017年11月







気圧の谷が通り過ぎれば、暗雲が切れて日差しが戻ってきた。

真夏のギラついた光とは違う、まろやかだけれど澄んだ光。

ムラは静かにそれを受けているのだった。

ゆらりと流れる時間。








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   会津中川



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   会津中川






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[ 2017/12/08 21:06 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

ゆく秋惜しみて奥会津  その3     前線通過

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   只見線 会津中川    2017年11月







雲の動きが早い。

時折吹き抜ける風雨にあって遅れがちなダイヤに気を揉みつつ。

秋雨が雪に変わるのも間近、里に長い冬の準備は進んでいるか。









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    会津中川






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[ 2017/12/06 21:16 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

ゆく秋惜しみて奥会津  その2     ピアニシモ

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   只見線 会津水沼    2017年11月







ローカル線にはやはり静謐な季節が似つかわしい。

本当のピアニシモはやがてやって来る長い雪の季節なのだけれど、

日毎に色を落としていく木々はその序曲でもあり。

轍を刻む音もまた、少し声を潜めたかのように聞えるのだ。








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   早戸






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[ 2017/12/04 19:45 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

ゆく秋惜しみて奥会津  その1     秋冷の朝

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   只見線 会津坂本   2017年11月







また只見線にやってきました。


いろいろついでの都合もあって日程的に紅葉のピークに遅いは承知しつつ、

冬に向かう晩秋の詫び寂びこそ至上は、負け惜しみでは無いと言っておく。


しかし。

9月の只見線は巨大台風が急カーブして一週延期、10月の三江線はやっぱり台風接近で大雨、

そして今回トラの子の2日間は「台風並み低気圧」のピンポイント攻撃とは、もうどうしてくれよう。

不屈の撮り鉄根性を試されているらしいな。上等である。

ようやく空が白んだ頃、深秋の野を行く始発列車は冷たい風雨を突いて。







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[ 2017/12/02 20:52 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

湘南窓と忠犬

島原鉄道 布津 犬と4500 198208 55mmF28_9721take2b2

   島原鉄道 布津   1982年








島原鉄道キハ4500は当時極めて貴重だった湘南二枚窓の気動車。

鹿島鉄道の元夕張鉄道勢の向こうを張って西の雄だった。ヒゲも似合う。

ホームにたむろすのは九州の忠犬。夏の陽もようやく暮れるらしく。


渋谷の忠犬は駅前の屋台がくれるエサ目当てだったという説もあるが。

風太郎はこの当時のギャグマンガ、谷岡ヤスジの「ド忠犬ハジ公」が好きだったな。

それはどうでもいい話。








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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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