雪おこしが響く  その3    峻岳の懐

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  富山地方鉄道 立山線 立山  2018年2月







立山黒部といった有数の山岳地帯を後背にする富山地鉄も、意外に山岳鉄道の様相は乏しい。

要するに平野部から突然の様に屹立する山塊という特徴を表しているのだろう。

それでも立山線の最深部、常願寺川が刻む峡谷に分け入る辺りはいよいよ峻岳の懐に飛び込む感がある。


立山連峰の銀嶺は残念ながら厚い雪雲の下である。








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[ 2018/03/06 21:32 ] 最近の旅 中部甲信越 | TB(0) | CM(4)

雪おこしが響く  その2    霏々として

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  富山地方鉄道 立山線  横江   2018年2月







雪雲の動きが早い。

晴れ間が覗いたかと思えば俄かにかき曇り、白いものは霏々として舞うのだった。

警報機がふいに静寂を破る。







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  富山地方鉄道 本線  早月加積  






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[ 2018/03/04 19:19 ] 最近の旅 中部甲信越 | TB(0) | CM(2)

雪おこしが響く  その1    緊急出動 

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  富山地方鉄道 立山線  横江    2018年2月







低く籠った遠雷を聞く。

これが日本海側に雪雲を呼ぶ「雪おこし」か。

まるで時雨の様に雪のカーテンが降りて来る。




この冬の北陸大豪雪はまだ記憶に新しいが、ご苦労を舐めた地元には恐縮ながら、

それと聞いてそわそわする不埒な人間もいる。


近年駅周りを中心に「地鉄電車」の渋い味わいに魅せられたものの、此処の冬を見てみたいという宿題は残しており。

しかし昨今の少雪化にあって肝心な雪景色に当たるかは結構なバクチでもあって、計画には二の足を踏んでいたのだが。

大雪で立ち往生の国道8号もようやく動き出したし、気が付けばお誂え向きの連休じゃあないかと緊急出動のスイッチが入りました。


取るものも取り敢えず押っ取りカメラで向かうこの冬の締めは、モノクロームで綴ってみようかと。







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   富山地方鉄道 本線  西魚津


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   富山地方鉄道 本線  西魚津





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[ 2018/03/02 19:58 ] 最近の旅 中部甲信越 | TB(0) | CM(2)

春の宴

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   いすみ鉄道 西畑   2015年






気付けば弥生月、そろそろ枯れ木に花を咲かせましょうか。

絢爛な季節の宴が、また巡って来る幸せ。







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[ 2018/02/28 19:35 ] 小湊鉄道・いすみ鉄道 | TB(0) | CM(6)

ホタテの町から

湧網線 計呂地 1981年8月 16bitAdobeRGB原版 take2b3

   湧網線 計呂地   1981年








オリンピックも終わっちゃいましたが前評判の盛り下がりとはうらはらに楽しませてくれましたね。

しかしカーリングって面白いねえ、と改めて。大トリとも言える銅メダルには風太郎も目頭が熱くなりました。

藤沢以外全員の出身地、常呂町は今は北見市の一部らしいけど、オホーツクとサロマ湖のほとり、

ホタテが特産の小さな町の盛り上がりもさぞやと。

五月チャンをはじめルックスも話題になったが、重さ20キロというストーン ( 時々その重さに放り出したくなるフル装備の風太郎カメラバックの2倍近い重量 )

を片手でひょいと返して裏を拭いたりするのは相当な筋力と思うぞ。

件の五月チャンも普段は北見市の普通のOLとの事。決して恵まれた競技環境とも言えない中での快挙に価値がある。

風太郎がご縁のあった音威子府の高校の卒業生も、スキー競技に二人出場した。 ( ノルディックとバイアスロン女子 )

冬季オリンピック故もあろうが、日本の片隅の北の町に陽が当たるのもいいね。



さて写真は網走から常呂を経由して湧別に向っていた湧網線。計呂地~芭露のサロマ湖脇の区間。

事前情報も何も無く地形図だけ見て此処ならと下車して安直にパチリだし、右側に道路があるのか何とも窮屈な構図だが、時事ネタに免じて。

車内は地元の人はもとより、リュックにラジカセまで抱えた旅の若者で一杯だった。

確か台風が近づいていたと思う。 憂いを含んだ北国の短い夏。








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五能追想  その17    ラストショット

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   五能線 驫木   2018年1月






日本の豪雪地にあって、それは普通に人間が暮らしている場所としては世界にも類を見ない雪深さなのだという。

四方を海に囲まれ、小国でありながら世界第6位の海岸線の長さを持つというこの国の、

海辺の暮らしの歴史と文化の奥行きもまた世界に誇れるものだろう。

北前船の様な主要交易路の寄港地はもとより名も無い浜にも人々は住みつき、舟を出して日々の糧を得、その土地ごとの歴史を刻んだ。

拒絶するかのように自然が厳しくある程に、人の営みは逞しく、愛おしい。


つましくも精一杯の生の記憶を重ねたものにはいつしか魂が宿る。

風と潮に磨かれた土くれにも、そして二本のレールにも。


五能線との付き合いも長くなった。

寒い眠い腹減ったの三重苦の中、修行僧のような撮影行にあって、それでもこの海辺の鉄道に何かを表現したい衝動を突き動かしたもの。

それは此の地に宿った魂達の導きだったろうか。

それはまた、今を生きている自分の在りかを確かめる道ゆきだったようにも思うのだ。



日本海が黄昏の色に染まり始める頃。 これがラストショット。





( 五能追想  おわり )





五能線 デッキから乗り出す人 198年11月 16bitAdobeRGB 原版 take1b2

   五能線 大戸瀬  1982年






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[ 2018/02/24 20:03 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(8)

五能追想  その16    大戸瀬

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  五能線 大戸瀬    2018年1月







五能線の駅は漁港を抱えた集落ごとに作られているのだが、大戸瀬もそのひとつ。

荒涼とした無人の浜辺を行く線路が身を寄せ合う様な家並みを迎えれば、

此処にも風土と折り合いをつけながら営まれる生活の息遣いがある。

しかし寂しくは、大戸瀬駅に乗客の影が皆無な事だろう。







gono201801_25252take1 大戸瀬b

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時計を巻き戻そう。

荒れる海と吹きすさぶ寒風にあって、普段人影の無い大戸瀬駅も、

列車の時間が迫れば何処からか現れた大勢の乗客で賑わうのだった。

買い物なのか、仕事なのか、もっと特別なよそゆきなのか。

風にかき消されそうになりながら挨拶は交わされ、幼子は不思議そうに辺りを見回した。

何が目的であれ、こうして集った人々を駅はまとめて送り出し、そしてまた迎えた。

それは何の変哲も無く過ぎてゆく、大戸瀬のごく平凡な冬の日だったろう。







五能線 大戸瀬駅のホーム3 198年 月 日 16bitAdobeRGB原版take1b

A3プリント用 五能線 大戸瀬駅のホーム2 198年 月 日 16bitAdobeRGB原版take1b

五能線 駅のホーム1 198年 月 日 16bitAdobeRGB原版 take1b








風は鳴り、波濤が砕けるたびに潮が霧になって舞った。  

この時も。








五能線 大戸瀬1 プリントから ホコリ除去なし アンシャープあり 原版 take1b

  五能線 大戸瀬    1983年







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[ 2018/02/22 20:21 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

五能追想  その15    海物語

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  五能線 岩館   2018年1月






凪いだ海 荒れる海 輝く海 憂いに沈む海。

浜へと続く坂道をあてどなく。







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  岩館

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  岩館

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  風合瀬

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  岩館

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  風合瀬






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[ 2018/02/20 20:03 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(2)

五能追想  その14    風合瀬

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  五能線 風合瀬   2018年1月






訝しげな車掌に周遊券を見せて始発列車を降りれば。

夜明け前の風合瀬駅は打ち付ける風に絶え間なくガラス窓を鳴らしている。

三方向からの風が合わさるから、という由来さえ辟易する程の北風に身を縮ませて今日の一日が始まるのだった。

ワンパターンでも定番でもいい、昔も今も緩やかなレールの弧と鈍色の海を眼下に立つは、

また五能に来たという儀式だったのかもしれないし、此の土地に宿った魂への挨拶でもあるように思うのだ。


風と波と鉄路の十字路、風合瀬。







五能線 風合瀬俯瞰2 16bit 原版 take2b

  五能線 風合瀬   1982年







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[ 2018/02/18 19:35 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

五能追想  その13    港の朝

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  北金ヶ沢漁港   2018年1月








「立派な魚ですねえ。これは何の魚ですか。」

「アラだ。」


プリッと太った魚体は北の荒波に揉まれていかにも脂が乗ってます風だ。

アラといえば高級魚である。末端価格ならキロ1万円の話も聞くから、

全部で20キロ以上はあると思える獲物は諭吉に見えない事も無い。

「こっちはただのババア。」と明るいのは、まずまずの漁果なのだろうか。


細かい魚も選別し、不用な魚は餌として投げ与えられるからカモメの羽音も騒がしい。

朝日を浴びて爽やかな港のひとときである。







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[ 2018/02/16 21:28 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

五能追想  その12    波濤

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  五能線 大戸瀬    2018年1月








逆巻く大波、霧になって散る波頭。

ソウルフルな五能はやっぱりこう来なくっちゃ。

海岸段丘からの俯瞰はあれやこれやと試して昇り降りした思い出も尽きないが、

ここは一発、超ロングレンジ狙撃であの頃絶対撮れなかったアングルを。








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[ 2018/02/14 21:20 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

五能追想  その11    待合室のストーブ

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   五能線 驫木   2018年1月






かつての五能線は小さな無人駅であっても待合室に必ず石油ストーブが備えられていた。

正式な委託だったのか、ポランティアに近いものだったのか、誰か駅の近くに住んでいる人が管理していたようだ。

朝のささやかなラッシュアワーが終わるとその火は消されてしまう様だったが、寒風に晒された挙句に待合室まで帰って来ると、

底冷えのするそこは居ても立ってもいられず、勝手にストーブを点けて暖を採っていた。


驫木の駅前にはその頃まだよろず屋を営んでいたはずの一軒家があって、そこのおばさんが煙突の煙を見たのだろう、顔を出した。

写真を撮りにという情けない顔をした風来坊は珍しかったに違いないが、「よく暖まってけ。出る時は消してなあ。」と扉を閉めた。







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今、屋根から煙突が消えた事が表すように、ストーブは置かれていない。

駅前の一軒家は健在だが、残念な事に夜になっても灯が点かないようだ。

冷え冷えとした待合室に重々しい波濤の響きだけが変わらない。


ストーブの代わりに付いたのは、いかにも高価そうな巨大な監視カメラ。

それが守っているものは果たして何なのだろう。







五能線 驫木待合室1 1989年2月 16bitAdobeRGBb

   五能線 驫木   1988年





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[ 2018/02/12 23:19 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

五能追想  その10    深浦今昔

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  五能線 横磯    2018年1月






今回投宿した深浦の温泉旅館の老女将は、深浦の生き字引に加え殊の外話好きで、風呂の行き帰りとかに随分楽しませてもらった。

(かなりネイティブな津軽弁なので、翻訳及び想像も大分入っているが。)



その昔(高度成長期~1970年代位まで?)ウチは弁天様(深浦港の入り口にある弁天島)のすぐ前で旅館やっていて、そりゃあもう大した賑わいで。

観光バスがほれ、20台も来るんだから。皆んな弁天様にお参りだから小さな島は人で一杯になるのさ。

ウチも貸ボートやらお土産やら随分やったもんよ。

汚い話だけどトイレが無かったからそら大騒ぎ。何しろ20台分だから。役場に言ってもなかなか作ってくれないし、ありゃあ往生したわあ。

円覚寺の観音様は知らないというから教えてあげて。皆行ったからお寺さんも儲けさせた訳さね。神さん仏さんだけで皆旅行に来た時代だよねえ。



魚?ダメダメ、今はダメ。獲り過ぎたんだあ。獲るだけとって種播かないんだから居なくなるって。

大きなトロール船で底引きしても大してかからないから油代出ないって。ウチもトロールの株持ってるけど魚なんて貰ったことないよお、あははは。

だから今はね、小さな船でその辺の磯物位だわ。

イカ釣り船?この季節は海荒れてるから出ない。荒れてる時はダメだからねえ。漁師は沖見りゃ分かるんだから。

深浦マグロ?あー役場がそんな宣伝してるねー、深浦沖のマグロがそのままを北上して大間のマグロ、だから深浦マグロと大間マグロは同じもんだって。

そうかもしれないけどマグロも獲ってなんぼだからさあ、あははは。



老女将の自慢はロビーに飾ってある200号はあろうかという二対の油絵。

一枚は弁天島に落ちる夕陽を映した穏やかな海。もう一枚は黒々とうねり逆巻く嵐の海。



わあわあやってるうちに歳取った。こんな田舎町もいろいろあって変わんないようで変わってくわ。次の事は分かんねえなあ。





すっかり夜の帳も降りた頃、鰺ヶ沢方面から高校生が帰って来る。今夜の海は穏やかだ。

夜明け前の港には一隻だけイカ釣り漁船が帰って来たようだ。

海は今日の糧を分け与えてくれただろうか。







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[ 2018/02/09 21:25 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

五能追想  その9    深浦

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   五能線 深浦    2018年1月







長大なローカル線である五能線は、一度踏み込んだら例え周遊券を持っていても、幹線筋に出て夜行列車泊とか待合室泊とかは難しかった。

無人駅泊はさすがに遠慮していたので懐具合は寂しいながら駅前旅館に投宿する事になった。

(今思えば北朝鮮の拉致が横行していた時期であり、沿線では地道な警戒があったのかも知れぬ。広戸の待合室に佇んでいたらパトカーが来て職質を食った事がある。

北朝鮮の工作員に間違われたのかなあと知人に話したら、工作員が無人駅辺りでテレテレしてないだろと。そりゃそうだ。)


当時五能線の各駅前には大概旅館があったように思うが、もちろんアポ無し、一軒宿だと宿主の気分で「あいにく満室で。」が往々にしてあり、

ウソコケと思いつつもリスクを回避するには複数の旅館が構える深浦に落ち着くのだった。

いわゆる駅前商人宿チックなのは3軒位あったと思う。うち一軒を定宿にしていて都合5回位は泊まった。

その宿は今どうなっているのか、以前から気になっていたのだが、今回少し時間に余裕があったのでじっくり探したところ。







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見つけた。

決め手だったのは「床屋のクルクルポール」で、何故か床屋を併設した宿屋だった。写真左側が床屋入口、右側が旅館入口である。

もちろんその両方共が既に失われたものになった事は一目瞭然であるが。


間口は狭いが奥行きはしっかりあり、結構収容能力はあったかと思う。

ふすまひとつのプライベートしかない客室の廊下を歩いてへえと思ったのは、入口のふすまの上に五能線の列車番号の木札が付いていた事。

深浦で駐泊するする乗務員の指定旅館、が容易に想像できる。

当時此処に泊まっていたというのはさすがに無い様な気がするが、ハチロクの時代だろうか。

寡黙なご主人だったが疲労困憊して宿に辿り着くというのが定番だったし、翌朝も早かったから早々に寝てしまい、それ以上の記憶はあまり無い。

すぐ裏手は深浦港だったから、吹き付ける風の音が夜半まで響いていた。


素泊まり2,500円と結構破格な勘定は前夜のうちに済ませ、翌朝夜明け前に音を立てないように身づくろいして、

ガラス戸をカラカラと開けると冷気が身に沁みた。凍てついた道に足を取られながら徒歩2分程の深浦駅に着くと、

5時55分発の1725列車が長大にオハフを連ね、窓の白熱灯がホームの雪を染めていた。

三脚を立てて腕時計を睨んで4秒5秒、忙しなくバルブを撮り終える頃にはホイッスルが響いて、この鋼体化客車は台枠を軋ませながら走り出すのだった。

窓に顔を寄せて目を凝らすと、まだ真っ暗な海に白い波頭が散るのが微かに見えた。


深浦は一日が始まって終わる場所。

それ故凍てついた暗い町の印象が強かったが、一夜の夢を結んだ宿と共に五能線の朝と夜の記憶が沈殿した土地だった。







五能線 オハフ61507 1 55mmF35原版_1117 take1b

  オハフ61 深浦   1983年











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[ 2018/02/07 20:03 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(10)

五能追想  その8    水平線

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   五能線   2018年1月






ここまで乗って来た520Dは深浦で岩館発521Dと交換する。521Dからはパラパラと高校生が吐き出された。

木造高校深浦校舎の生徒に違いないのだが、同校の通学需要は深浦から秋田寄りに限られている事になる。


521Dで折り返す。

そこそこの乗客が居るのにはやや安堵するのだが、平均年齢は一気に上がる。


「わら運転出来ねえし、これしかねんだわ。無くなったら困るし。」







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見慣れたはずの海。

窓に広がる水平線は、五能線と此の地に生きる人々、その移ろいを逆に見詰めているのだろう。








五能線 老婆と車窓の海景3 198年月 X970 AdobeRGB16bit 原版take1b

修正A3 五能線 車内窓 1981年11月 55mm_7005原版 take1b

  五能線   1981年






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[ 2018/02/05 20:44 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

五能追想  その7    始発列車

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  五能線 北金ヶ沢   2018年1月






北金ヶ沢6時47分発、東能代行き始発列車を待つ。

まだ明けやらぬ空の下、登校の高校生が足早に。







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高校生はここで交換する弘前行きの乗客のようだった。

2両編成の東能代行きに乗客の姿は無かった。

いや正確に言うと、深浦で交代するらしい乗務員氏がひとり。






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寂しいものだが、時折窓を開け放して撮れるのは儲けものと言うべきだろう。

潮風の匂いを嗅げる旅もあと僅かなのだろうか。





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この列車はワンマン運行。

馴染んだ駅名に並ぶデジタル文字、料金箱に整理券と小銭を入れれば「有難うございます」と運転士。

これは現代の五能線なのだ。深浦まで500円也、ワンコインのプチトリップ。

忙しない日程の中、時間だけは有り余っていた鈍行列車の旅は帰って来ないけれど、

車窓を流れる漠とした海原はあの時のままだ。






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   五能線 1982年









( 写真展漫遊録 )


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品川のニコンミュージアムに 「広田尚敬 Fの時代」 を見に行く。

10年近く前に出た同名の写真集はまた泣かせる奴できっちり蔵書しているが、そこから抜粋された写真展。

1960年代である。まさにニコンFの時代。

SLだけではイマイチ時代が読めない人も、それを取り巻く乗客、子供、鉄道員を見れば一気にその瞬間に放り込まれるだろう。

SLのみならず、きちんとその時代を記録し切った広田写真の面目躍如。


会場に設置された広田氏のトーク映像が面白かった。

タイトルバックにもなっている超有名な「C6227」は、テレコン2段重ねは良く知られているものの、

置きピンなのかピント送りしてるのかが謎だったのだが、「ピントを送っている」のが真相との事、

猛吹雪で置きピンどころの話でも無かったらしい。

じりじりとしたピント送りと手巻き上げの末、ギリギリ撮れた2カットが存在し、よりアップになった2枚目がお気に入りらしく。

成せば成る、昨今目立つ秒10コマ以上を無駄に撮り散らす撮り鉄クン達にも聞かせたい。

秩父での取材風景もあったが、ニコンFの巻き上げの早さと、構えた瞬間の無駄の無い身のこなしは御年を感じさせず、カッコイイ。

広田尚敬、まだまだ「現役」である。 3月末まで。




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[ 2018/02/03 18:23 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(8)

五能追想  その6    雨雪

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  五能線 驫木   2018年1月








日が沈むと雨交じりの小雪が舞い始めた。

肝心な時にコイツしか走らん、とは嘆くまい。

この時間の「リゾート」にどれだけのお客が乗っているのか知らないが、

観光ポスターのまるで南国リゾートとは違う五能線、その静謐な日常を見ただろうか。


夜への時間、ただ沈黙のままに駅はそこに在る。









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[ 2018/02/01 20:11 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

五能追想  その5    ヨンマル

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   五能線 陸奥岩崎   2018年1月








その昔の五能線は。


天丼風に言えば、

DE10が牽く雑形客車列車が「松」。

キハ22だったら「竹」。

そしてキハ40ときたら「梅」。


何だ「梅」かあ、とガックリする対象だったヨンマルも、長年の潮風に洗われてなかなかいい顔になった。

巻き上げる鉄粉は突起の周囲の落ちにくいところに溜まるし、それはすぐに錆びて模型のウェザリングさながらの趣になる。

車番を追い回すような趣味は無いが、30年以上前に撮った写真の辛うじて車番が確認できる車両は今も生き残っているのか。

調べてみたら皆廃車か転属しているようだが、最後の写真「530」は五能色に塗られて健在らしく。

今回何処かで相まみえたのか定かで無いが、もし出会っていたなら。

よおお、お互いあれから随分歳を取ったな、お役目もあと少しだなと、ポンとボディを叩いてみたかった。








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   岩館


五能線 冬の驫木駅3 1986年12月31日 X970 AdobeRGB16bit 原版take1b

  驫木   1986年


修正A3 五能線 大戸瀬駅のホーム降車客1 1983年2月 日 16bitAdobeRGB原版 take1b

  大戸瀬   1983年







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[ 2018/01/30 19:43 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(8)

五能追想  その4    国境の海

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   大戸瀬漁港   2018年1月







「北朝鮮の木造船? あー来たよ来たよ、すぐそこだよ、そこ。 最初船が流れて来て、次が人間よ。」

「迷惑ったらありゃしねえよ。役場が金出して撤去したんじゃないかな。」

「あんなボロ船でよ、この海に。死ににいくようなもんだで。」

「でも手を合わせたな。死んだら皆仏だからよ。」








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  驫木漁港

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  驫木海岸

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  五能線 風合瀬






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[ 2018/01/28 18:37 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

五能追想  その3    驫木海岸

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  五能線 驫木   2018年1月







驫木海岸を見下ろす場所で一本押さえた後に佇んでいると、漁師風のおじさんに捕まる。

「写真? そんなにいいのかねえ、此処が。」

「俺はよ、ここを三保の松原みたいによ、きれーいにしてえんだよ。」

「深浦の町長はよ、代々驫木集落から出してんだ、町長に頼んでんだけどなー。」

「五能線もよ、計画してんだ二階建て。(真偽不明) 景色も良くしなきゃよお。」







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gono201801_25232take1驫木b2

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「この浜の小屋はよ、昔ウニ採りが盛んだった頃、その場の加工に使ってたんだ。今はウニだめになっちゃったからな。」

「もう毎年朽ちる一方よ、壊すにもカネが掛かるんだよな。」


「えっ昔の小屋はまだちゃんとしてたって? 此処で写真撮った? 昔っていつよお。」

「さんじゅうろくねん前? て、あんた今幾つよ?」






五能線 驫木トンネル俯瞰1 1982年11月 16bitAdobeRGB 原版 take1b

   五能線 驫木   1982年   ( これはひとつ先のトンネルの上から撮ってると思う。)






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[ 2018/01/26 20:43 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)